見出し画像

ソーダ水にバニラアイス・心の中で立ち漕ぎ

「ソーダ水」というメニューに惹かれて入る喫茶店。ソーダはソーダなのに、ソーダ水なんですね。

中央線のとある駅前高架下のお店。隣はたこ焼き屋さん。店と店の輪郭をぼやかしているように草木が店を覆っている。恐る恐る入る。店の中は見慣れない色合いばかり。クラッシックな喫茶店と海外のおとぎ話の物語を足して二で割ったような景色。

床は平らな一枚じゃなくて色々な段差になっていて子どもの遊び場みたいになっている。とか思っていたら隣にブランコが下がった席がある。普通の椅子かと思ったら椅子に足がなくって吊り下がってる。おじさんがブランコに座ってコーヒー飲みながらスマートフォンの光をメガネに反射させている。ブランコは微動だにしない。もっと恥ずかしがらずハイジみたいに足をぶん投げて漕げばいいのにと思ったけど店内なので謹んでいるんでしょうかね。

僕は最近ブランコに乗って精一杯漕いだら伸ばして曲げてをする足が地面に届いてしまって、「ああこれは子ども用なのだな。」と一瞬しんみりした次の瞬間に立ち漕ぎにシフトして全力で漕ぎました。(今度は頭が当たりそうになりました)

大人になって人間できることがどんどん増えていきますが、代わりにできなくなることもどんどん増えています。案外みんな気づいていないだけで。全力で鬼ごっこしたのはいつですか。他にもかくれんぼ、どろけい、海水浴とか。別にできないわけではない。やろうとしないだけって思いますよね。でもやろうとしないこと、それ自体がもうできないことなのかもしれません。大人の方が子どもより偉いわけでは全然なくって、子どもにもう一度教わらなくてはいけないことはたくさんある。かくれんぼのうまい隠れ方とか・・・


「はあ、大人ってそういうことよ」って言うのは簡単ですが、僕はなんかそれが嫌なので、ブランコ乗りたいわけですし、シーソーも(最大重量を調べてから)全力でぎっこんばったんするわけです。
多分このおじさんもきっとそう。お店だから謹んでるけど、心の中では全力で立ち漕ぎしてる(はず)。そしてお店を出たら公園に立ち寄って立ち漕ぎしている(はず)

緑色のソーダ水にバニラが乗っけられたアイスが運ばれてくる。子どもの頃に自分で買えるのは、バニラアイスかソーダ、どっちかだった。どっちも頼もうとするのは何か後ろめたいと言うか、そんな高望みしちゃいけないと思っていたし、実際バニラアイス(安くてたくさん入っているスーパカップ超バニラ)だけで、メロンソーダ(100円で500mlのお得なやつ)だけで僕は十分満足だった。幸せだったし食べ終わったら、飲み終わったらもう幸せであった。そこに来て、大人になった僕は、この店に来て、ソーダ水に、バニラアイスのまあるくて大きいやつを載せている(2個も!)。子どもの頃の僕なら過積載である。

でも食べる。それが大人になることだから。「大人になったからできるようになったことがある。」しかし「子どもになったことでできなくなったこともある…」そう思いながらブランコに座るをおじさんを横目でなんとなく眺める。(僕が座っていたのはブランコの席の隣だった)僕もブランコしようかな・・・と思った時におじさんが席を立った。顔も声も無表情だったが心の中では立ち漕ぎして肩で息してる「満足です」という感じだったのだろう。

「は、」と思った時には遅かった。後ろのカウンター席に座っていた別のおじさんが、ブランコ席に移動しても良いかを店員さんに聞いて、ティーカップを持って、ブランコ席に移動していたのです。二人目のおじさんもすん、とした顔でブランコに座る、全く漕ぐことをせずに。でもきっと心の中で満面の笑みでブランコを漕いで、何なら靴飛ばしなんかしているんでしょう。


隣の席で僕はソーダ水とバニラアイスを食べ進める。とりわけ氷とバニラアイスの間の部分のしゃりしゃりとした領域に心を配りながら。今度来た時にはブランコの席に座ろうかな。もし空いてたらだけど。

子どもの心はどこかに残っていて、身体だけ大きくなって、心は段々と磨かれていくが同時に新しさを失っていく、可塑性が失われてしまわないようにするには、子どもの心を忘れないことが一つの手段なのかもしれない。バニラアイスをソーダ水に乗っけて、ブランコを漕ぐことは案外人生の中でも大事なことなのかもしれない。



溶けていくバニラが緑のソーダ水と混ざって消えていく。右にはヨーロッパおそらくフランスの街の石畳の油絵、その左には、日本の田園風景とその中に三角屋根の(多分藁葺き)日本家屋の水彩画。隣にはブランコ。花の枝垂れた柄をしたランプシェードとその奥のホタルの光の色をした赤々しい灯火。この喫茶店にいる全ての人間の「懐かしさ」をぐつぐつと煮詰めて、抽出して、ソーダで割ってアイスを乗っけたのがこの店なんだろう。僕の懐かしさはバニラアイスと氷の間。お風呂上がりに銭湯で親に買ってもらったメロンソーダフロート。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?