空腹と、背徳感と、もうひとつ。
妹が遊びにくる。
宿泊日数と不釣り合いなバカでかいリュックを背負い、高速バスに二時間揺られてやってくる彼女のプチ旅行はこれが最後になるだろう。私はもうすぐ引越しをする。
遠出はできない。近場で観光地になるような場所は、すでに制覇した。来るのは構わないけど、何するの?
まぁ、いっか。妹だし。
二泊三日の計画はすべて投げ出した。それが冒頭のLINE。
返信がきた。
私には妹が二人いる。大学入学を機にひとり暮らしを始めると、半年に一度くらいのペースでどちらかが遊びにきた。
野菜全般がきらいでお肉が大好き、食事量はそこまで多くない(いや、一般的な)次女。野菜好きでモリモリ食べるが、同時にお菓子やアイスも延々と食べ続ける三女。食の好みが違う二人が唯一、ここで共通して行う一大イベントがある。それが夜マックだ。
と言っても、必ずしもマクドナルドのハンバーガーを食べるわけではない。要するに、夜にジャンクフードをばかみたいにいっぱい食べてウハウハしよう、というもの。
LINEの返信を見て、正直、またかと思う。今回来る高校生の三女は友達の家に泊まる体験をほとんどしていないため、実家ではできないちょっとワルいことをしたい気持ちは理解できる。ただ一応おもてなしする側としては、ご当地名物とか郷土料理とか、プチ旅行ならではのごはんじゃなくていいのか…? とも思う。ま、本人がしたいことが一番だろうし、妹だし、いいか。
+++
例にもれず身体より分厚いまっくろなリュックを背負って、お気に入りのオーバーオール姿の妹がやってきた。
「あれ、お姉ちゃん痩せた? あ、髪染めたん! なんかいいやん!」
開口一番、感嘆符三連打。「なんか」ってなんだ。そして痩せてない。
夜マック、又の名をジャンクフードパーティーは明日、二日目の開催になった。すでに進学先が決まっている妹は、モスバーガーでバイトをしている。食べてみたいメニューがいっぱいあるらしく、宴の主役はモスバーガーに決まった。値段はマックより少し上がるけれど外食に比べれば安い。お姉さまが敷いてあげた布団の上、充電器を忘れたばかな妹は私のそれを借りながら、なんかね新商品が出るんよ!あぁ〜それは明後日やった!惜しい!と、スマホを見てひとりテンションMAXになっている。
ゆっくり眠り、二日目。
お昼前に家を出て、街の古着屋をいくつか見て回ることになった。その間、彼女との会話(主に妹のマシンガントーク)は三つの話題をループしていた。
いや、晩ごはんの比重。
トマレタというのはトマト&レタスバーガーの略らしい。従業員としてかっこつけている感じが笑えた。あまりにもモスを楽しみにしているものだから、普段ちゃんと食事を摂っているのか心配になる。今日はモスに全力を注ぐから!と言ってお昼もカフェの飲みもので済ませた本気っぷり。こわい。
夕方。レジ前でも数分悩み、待望のモスバーガーをテイクアウトする。私はチーズバーガー、妹は“トマレタ”に決まった。「オニオンリング、塩多めって注文できるんよ!」と張り切って裏技を披露していたのに、待ちに待った瞬間になると彼女はすっかり忘れていた。
「かわいい服買えて、モスがあって、生チョコもある! チキンもある! ひゃ〜〜〜!」
やっと手にしたモスの袋を振り回しそうな勢いでスキップする妹。なんかさ、普段こんなこと思わないけど、そして言わないけど、かわいいよね。
私はワルい姉なので、さらにジャンキーな提案をする。飲みものを買うために寄ったスーパーで、おもむろにカップラーメンコーナーの前に立ち止まった。
目だけで、問いかける。
「・・・!?」
+++
手洗いうがい、実家の半分の大きさのテーブルを拭き、レンジでモスを温め、お皿とコップを出す。テレビから流れる歌を口ずさみながらテキパキと支度をする妹。母が見たら、いつもそれぐらい早く動きなさいよ、と嫌味のひとつでも言われそう。
よし。お腹へったわ、食べよ。
「あっ、待って!ストーリー撮る!!」
はいはい。
目の前に並ぶはハンバーガー、オニオンリング、コンビニのチキン。ジュースに、気持ちだけのキャベツ。日本人の魂は今日だけ外に置いておこう。
「よし! オッケ! ハァ〜〜、いただきますっ!!」
いただきまぁす。
はぐっ。しばし無音の噛み締めタイム。
「「んん〜〜〜〜〜〜っ」」
おいしい。やわらかいバンズとお肉、そしてチーズのコク。肉肉しさがたまらない。身体によくない味、なんでこんなにおいしい。ハンバーガーとチキンのあとに、さらにスーパーで買い足したカップラーメンと焼きそばが控えているみたいな、偏差値の低いメニューほど、おいしい。
目が合い、お互いに口をモゴモゴさせながら笑う。私と三女は一番顔が似ているらしいから、きっと今監視カメラでこの部屋を見たら、同じ丸顔が同じ格好で、同じくニヤニヤとしていることだろう。
空腹は最大の調味料だという。それに加えて、夜にファストフードを食らうひとつまみの背徳感。最強万能合わせダレである。ケチャップとマヨネーズ。お酢と醤油とラー油。空腹と背徳感。
おいしい。
私は妹と違って、ひとり暮らしだから夜をカップ麺で済ませる日も無くはない。ハンバーガーも、作るのが面倒で食パンをもさもさ食べた日だってある。たしかにたまに食べる味の濃いインスタント食品はおいしいけれど、同時に、やっちまったなぁ、手抜いてるなぁ、とも思う。でも今日は違う。
モス、やるじゃないか。おいしい。
「ねえお姉ちゃん、どうしよう。」
なに。
「だってさ、このあとはチョコがあるし、まだカップラーメンもあるんよ…んふ…困ったわ…ふふふ…」
ハムスターのように口いっぱいハンバーガーをふくみながら、目尻を下げ頬を紅潮させ、鼻の穴を大きく開く妹。なんかもう凄まじい顔なんだけど、顔のパーツひとつひとつから楽しさがにじみ出ていて、つられて笑ってしまう。全国の困っている人に謝罪した方がいい。
…ああ、そうか。
ハンバーガーが特別おいしいわけでは、ないのかもしれない。
この味をよりおいしくしているのは、
朝からウキウキこのときを楽しみにして、
ひたすらトマレタかチーズバーガーか迷って、
オニオンリングの塩多めを頼み忘れて、
スキップしながら歩いて、
華のJKとは思えぬ顔でもぐもぐんふふとハンバーガーにかぶりつく、
この子なのかもしれない。
二人合わせて1500円弱、飲みものはファンタとオレンジジュース、そして狭い部屋。三姉妹の私たちが二人だけで、身体によくないチープな幸せをニヤニヤしながら謳歌しているこの瞬間が、なんだかとてつもなく尊いものに思えてしまった。
四月から社会人になったら、いくら相手が妹でも、かっこつけて居酒屋やお洒落なディナーに行くかもしれない。妹も大学生になれば、夜のハンバーガーでこんなに喜ばないかもしれない。今の私のように、ファストフードの晩ごはんをパーティーではなく、手抜きだと感じてしまうかも。お互いもっと年を重ねて結婚でもすれば、二人きりで晩ごはんを食べる機会なんて、きっと多くない。なんか書きながら泣きそうになってしまった。こんなはずじゃなかった、ちょっと待てよ。
おいしいはたのしい、というテーマがあった。
おいしいはたのしい。
そして、たのしいは、おいしいんだ。
明日の顔のむくみやニキビが気になりそうなジャンキーな晩ごはんをさらにおいしくしたのは、「たのしい」だ。きっと数年経てば変わってしまう性質をもった、貴重な「たのしい」が、添加物たっぷりの手抜きごはんを「おいしい」パーティーにする。
私、自分で思っている以上に妹がかわいいんじゃないか。
私は両親をはっきり好きだとは思えない。でも、私に二人の妹をくれて、ファストフードの晩ごはんを「非日常」だと楽しめる世界で育ててくれて、ありがとう。
ジャンキーな晩ごはんよ、これは今しかないひとときだと、気づかせてくれてありがとう。
いつかこの文章が妹たちにバレたら、今度は私から、通称夜マックに誘おう。もちろん大人になってハイヒールをカツカツ鳴らしながらディナーに行くのも素敵だけれど。そのとき何歳であっても、ダイエットだとか美容にわるいとか言われようとも、姉の権限をフル稼働させて、チープなパーティーをしよう。きっと私たちなら、「たのしい」から。
目の前で姉がそんな感動に思いを巡らせているとはつゆ知らず、カップラーメンを啜る妹は汁をパジャマに飛ばして悲鳴を上げているのだった。そしてやっぱり、「おいしい」と、笑っていた。
+++
鏡を見ながら「うわやっば、顔…」と二人して呟いたのは、翌朝の話。
そしてこれを書いている今、来週は、次女が来るらしい。私の最後の学生生活、ちっともゆっくりできない。
まぁ「たのしい」から、いいんだけどね。
返信がきた。
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