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世界で一番大きなアリ


ある晴れた暑い夏の日のこと。
Aの野郎とBの野郎が、川沿いを歩いていたました。
そんな何でない2人の目の前に、いきなり空き缶ほどの大きさを持つ、デッカいアリが現れます。
2人は同時に足を止め、その嘘のような現実に釘付けになります。

「…あれって、アリだよな?」
先に口に開いたのはAの野郎でした。
Aの野郎は、Bの野郎に顔を向けず、じっとでっかいアリを見つめたまま、Bの野郎に問いかけました。

「特徴からして、アリで間違い無いな。大きさ以外は。」
神妙な面持ちでBの野郎は答えました。
目の前にいるでっかいアリが、現実のものだとわかると、Aの野郎はスマホを取り出し、写真を撮ろうとします。
しかし、Bの野郎はあろうことか、そのデッカいアリに近づこうとします。

「何やってんだお前、危ねぇぞ」
何が危ないのかよくわからないが、Aの野郎はBの野郎に忠告します。
しかし
「お前こそ何突っ立ってんだ。こっちにこい、捕まえるぞ」
とBの野郎は言います。

Aの野郎は驚きます。
「正気か?あんなよくわからないやつ、関わらない方がいいって」
しかし、そんなAの野郎を無視して、Bの野郎は抜き足差し足で、意外とその場に留まり続けているデッカいアリに近づいていきます。
「いや、あれはただのアリだろう?
あんなデッカいアリ、テレビでも見たことないぜ。
俺はアリなんかなんも詳しくないが、これだけは確実に言える。
今目の前にいるアリは世界で一番大きいアリだと。」

「だからなんなんだよ」とAの野郎は言います。
その言葉にピクッとBの野郎は足を止め、ようやくAの野郎の方に顔を向けます。
「わかんねえのか。『世界で一番』なんだぞ。
世界で一番でかいアリを捕まえれば俺たちは、世界で一番でかいアリを捕まえた男になれるんだぞ。
その後にそのアリをどっかの研究所に渡せば、金になるかもしれん。」

Aの野郎はどうにも納得ができません。
「しょせんただのアリだろう?なあ、やめとことうぜ。
よくみるとクソ気持ち悪いぞ、あれ」
Aの野郎はただでさえデッカいアリのせいで混乱しているのに、そんなよくわからないものを捕まえようとするBの野郎がとても理解できず、もはやパニック状態です。

そんなAの野郎のことなんてお構いなしに、Bの野郎は声を荒げます。
「いいか、Aの野郎。大事なのはアリなのかどうかじゃない。
『世界で一番』ってことなんだ。
『世界で一番』ってのはすげぇことなんだよ。わかるだろう?
俺たちが、この後どんなことをしようが、世界一位に届くことはないんだ。
それくらい『世界で一番』ってのは未知の領域に近しい存在なんだ。
そんな世界一位が、今この目の前にいるんだぞ。
それならどんなことであろうとも手を伸ばしにいくだろう?」

Bの野郎の言い分は、まぁわかります。
わかりますが、Aの野郎にはその目の前に現れた、常識を超えた『世界で一番』という存在が理解できなくて、恐ろしくてたまりませんでした。
動機がすごいです。
嫌な汗もダラダラと肌をつたっていきます。
Aの野郎の頭の中はよくわからないことでぐるぐると回っています。

ふと息を飲み込んで、Aの野郎は言います。
「なら、ここにいるオレは、世界で一番だ。」

「は?」
Bの野郎は困惑します。

「このオレは、世界で1人しかいない、だから『世界で一番』だ。」

「いや、それはおかしいだろう」

「何がおかしい。大事なのは『世界で一番』なんだろう?」

「いや、だってそれは、ナンバーワンじゃなくて、オンリーワンだろう」

「オンリーワンということは、ナンバーワンということだろう?」

「いや、それは…」

「そのアリが!デカイだけでナンバーワンなら、このオレが、ナンバーワンでもおかしくないだろう!?」

Bの野郎は困惑します。
動機がすごいです。
嫌な汗もダラダラと肌をつたっていきます。
Bの野郎はただ、世界で一番大きなアリを捕まえたいだけだったのに、何がどうしてこんな話になっているのかよくわかりません。
Bの野郎もまた、頭の中がよくわからないことでぐるぐると回りだします。



ふと2人がデッカいアリがいた方へ目を向けると、そこにアリはもういなくなっていました。
しばらくの沈黙のうち、彼らは何も言わず並んでまた歩きだしました。
2人とも酷く疲れ、嫌な汗で服もびちょびちょになっていました。
「…銭湯、いこうぜ」
その言葉に黙ってうなずき、その後の彼らの頭の中にはもう銭湯のことしかありませんでした。

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