『白き睡蓮のみち』
わたしは赤鴉を見たことがございません。
わたしは玄兎を見たことがございません。
わたしは星辰を見たことがございません。
只、其れ等の存在は存じ上げております。
闇が編み上げる光と光がほどいてゆく闇。
其の再演の最中を日々游いでおります故。
窮屈でも退屈でもない、白い静謐の中で。
そして、時々嘴と羽を磨いでいるのです。
だから、身も心も汚れる筈がないのです。
けれども羽ばたける唯一の方法が有ると、
そう、古くから言い伝えられております。
あなたは其れをお知りになりたいですか。
星の欠片となった姮娥の涙を集めまして、
わたしの両の眼に埋めていただくのです。
そうしますと、錆びついた鍵が解かれて、
重厚な扉がゆっくりと開くそうなのです。
見たことのないものを見ることは、もう、
叶わなくなりますが、何処へでもゆける。
いつまでも清くは居られなくなりますが、
代わりに色々な物事を得られるでしょう。
されども、わたしは考え倦ねております。
平穏に此処で佇んでいるのも悪くは無く、
無知な純潔を貫いて居たらば、こうして、
あなたに愛でてもいただけるのですから。
もしもなど、有り得はしないでしょうが、
あなたが、わたしと同様であったならば、
何方の「みち」を選ばれるのでしょうか。
あなたならば、如何されますでしょうか。
わたしが、いま一番に知りたいことです。
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