死ぬ前に一度くらい会っておく?の話

私が専門学校に通っていた19歳のある日の帰り道、駅のホームで電車を待っていると、突然、母から電話が鳴った。めんどくさいなぁと思いながら電話をとると「あんたの父親が死ぬかもしれないけど、どうする? 一度くらいは、死ぬ前に会っておく?」という内容だった。

父という人と、私は生まれてこの方会ったことが無かった。ぼんやりと「どこかに生存しているらしい」ということだけは風の噂というやつで知っていた。だけど19年間の自分の人生に関わったことのない人間は、自分にとってはまぁ、例えばクラスの隣の席の小田くん、とかよりも ある意味で自分の人生に関係がない人間な訳で、正直「うーん、どっちでもいいなぁ。」というのが本音だった。

でも、一生に一度かもしれないチャンスですよ!と言われると、そこはやはり人間、妙な好奇心が湧くもので、私は父らしきその人に会いに行くことに決めた。

迎えた当日。
個室の病室に入ると、ベッドの上には痩せこけてはいるけども目鼻立ちのハッキリとした寺島進似(そんなに似てなかったかもしれないけど記憶補正でもう寺島進で再生されてしまう)の元イケオジ風な初老の男性が座っていた。

「おう。入れよ」と言われ病室に入って、取り止めのない会話をした。どんな会話をしたのかの内容に関してはほとんど記憶になくて、覚えているのは「全然、会話が広がらないな…」という凪のような心境でその時間をただ過ごしたことだけだった。

話してみてわかったことは、父という人間はどうやら別に家族がいて、何ならそちらが正式な家族らしい。で、私と母は「正式な方の家族」じゃないから、それが理由でこれまで会えなかったそうだ。そんなことを、何となく会話の中の切れ端を繋ぎ合わせて察した。ぼんやり、自分の出生の経緯を理解した私は、19年間の中で経験してきた周りの大人からの仕打ちに、なるほど辻褄が合うじゃないかとその時初めて合点がいった。

大して会話が盛り上がらなかったので、病室にいたのは30分もなかったと思う。そしてその後に父がどうなったのか、今彼が生きているのかそれとも死んでいるのかは、実を言うと未だに私は知らない。

19年間、自分の人生に関わらなかった人というのは、実際に会ってみてもまぁ何と言うか、家族とは思えなかった。だから会う前は少し、自分にとって特別な人に会う期待みたいなものがあったのだけど、会って話してみてこう思った。「あぁ、共通の思い出が一つもない。私はこの人のことを何も知らない。そして、この人も私のことを何ひとつ知らないんだ」と。

そっかこの人は家族じゃないんだなってことをその時ふと理解した気がする。「自分の出生に関わる人、血を分けた人」=「だから家族なんだ」なんていう感覚は、物語の中の話だったんだなと思った。


この出来事を夜更けにふと思い出して、記憶が無くなってしまう前に書き留めておこうかなと思い、ここまでつらつらと書いてみた。

父と会ったあの時間は、決して私の人生の特別な思い出とかにはならなかった。会ったことでわかったこともあったから、後悔なんかはしていないけど。


それにしても、家族って何なんだろうな…と思う。

私には今、夫がいて3歳の娘がいて「私たちは家族だ」という感覚が割とハッキリとあるのだけど、振り返ると20代のころに結婚していた元夫のことは「家族だ」と思ったことは一度も無かった。相手は「君に家族の素晴らしさを教えてあげたい」とよく言っていたけど、「あなたの家族はあなたの家族。私の家族じゃないんだよ。」という感覚が最後まで抜けなかったのを覚えている。

今の夫とも、初めから家族という感覚があった訳じゃなくて、じゃあ娘が生まれたからそれをキッカケに家族になったのか?というとそれも何だか違う気がする。(何なら出産後、初期の頃は敵認定してしまう場面だってあったしね。あの頃はごめんよ夫よ…)

たぶん、色々なことをチームとして乗り越えてきて、その内に段々と、例えば「自分が何かを譲っても、チームの幸せの総量が増えるならそれでいいや」くらいに思えるようになってきたんじゃないかなと思う。そして、それをきっと夫も思ってくれているんだろう、という安心感みたいなものも少しずつ私の中に芽生えてきた。

だから「チームメイトとして、同じチームを愛している」ということを信じられたのが、私が家族を実感するまでに至った部分として大きかったんじゃないかなと思う。

別にそんなに進んで自己犠牲をすることはないけど、自分の幸せと相手の幸せが重なって、その重なった円が少しずつ大きくなっていくような感覚。それって結構、素敵な事なんじゃないかな?とは思える自分になったんだよね。

今の自分の「家族」の捉え方は、言葉にするときっとこんな感じなんだと思う。また、これから変わっていくのかもしれないけど。

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