妄想と空想
男はゆっくりと意識を黙ったままの携帯電話に向ける。
夢か…消沈した心の呟きをかき消すようにけたたましく時間を告げる携帯電話。
いつからだろう?起きたい時間にセットしたはずのアラームがいつしか起きなきゃいけない時間を告げるようになったのは。まるで自分の意識とは反対に無理矢理起こされているみたいに。
少し苛立ちを覚えながら携帯電話に触れる。
いつもは肌身離さず大事な相棒のような彼もこの時ばかりは鬱陶しい。
ゆっくりとため息にも似た息を吐くと男はベットから立ち上がった。
毎日同じ動きで身だしなみを整えていく。服を着替え顔を洗い髪をとかす。決まった銘柄の歯磨き粉を決まった分量チューブから捻り出し歯ブラシに乗せる。
意識などせずただ同じ動きの繰り返し。
いつも通りの朝食を用意しながらTVをつけると毎日違ったニュースを届けるTV番組が流れる。
トーストとコーヒーを飲みながら世界の派手なニュースをまるで映画でも見るみたいに眺めていた。
大変だとか可哀想だとか毎日同じ感想を持ってTVの電源を消す。
時間だ。荷物と上着を片手にドアを開ける。
毎日完璧な歯並びの笑顔でこちらを見てくる女性におはよう、行ってきます。と心の中で呟き駅まで歩き出す。あの看板はいつからあそこにあるのだろう?
行き交う車や人の騒音の中いつも同じ順路で駅に向かう。
目の前を猫が横切った。それを見た時、男はもう何年も同じことの繰り返しだったことに気づいた。
それと同時に子供の頃遊んだ景色を思い出していた。
何を見るにも新鮮で、毎日心が弾んでいた。
帰りにいつもとは違う銘柄の歯磨き粉を買って帰ろう。
冷たい胸に火が灯るような衝動を感じた。
男はゆっくりと意識を黙ったままの携帯電話に向ける。
今日はどんな1日になるだろう?男は軽やかにベットから起き上がった。
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