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枝葉末節 

久しぶりなのでリハビリも兼ねて。

久しぶりに電車に乗って出かけると色々な人に出会う。
余裕を身に纏ったかの様な年配の女性に
毎日一生懸命働いて履き潰されたであろう革靴の男性
派手な色の若者(何がとかではなく)
幸せを強制的に周りに分け与えてくれるカップル
幸せなはずなのにたまに不機嫌なベビーカーとお母さん。
色々な人がいるのに
皆んな揃って同じ向き同じ様な体制でお行儀良く運ばれていく。
降りてからも誰が決めた順路にそって歩幅を合わせて同じ様に進んでいく。

はみ出しません。
他人に迷惑はかけません。
かわりに他人にも関わりません。
ぶつかっても謝りません。

少し非日常で少し面白かった。

前にも書いたかもしれないが僕は涙に弱い。
とりわけ女性の涙は手も足も出ない。

満員と言う程でもないが混雑した電車の中。
きっと乗り始めに講習を受けたんだろうなと思うぐらいにきっちり向かい合いにならない様に整列する都会の電車内。
もちろんそんな講習受けたこともない田舎者の僕は気付くとばっちり皆が向く反対を向いていた。…気まずい。

そこに1人の少女が乗って来た。虚な目をした彼女はぼーっと虚無を見つめていた。
少女に気を取られて体を入れ替えるのが遅れ、
ほぼ彼女と向かい合う様な体勢でドアが閉まる。…気まずい。

気付くと彼女の目は赤く充血していた。
みるみるうちにその瞳を濡らしていった。
少女の瞳には涙は留まれないのかポロポロとマスクを濡らしていった。

痴漢を疑ったがそこまで満員ではない。
どんどん俯いていく彼女に気付いているのは皆と向かい合っている気まずい立ち位置の僕だけだった。

たまたま居合わせた他人だが乗客に涙を見られまいと背を向け、俯き必死に涙を堪える彼女を見ていると心が痛くなった。

声を掛けてあげようと思ったが
周りの目が気になる、彼女に恥をかかせてしまわないか、自分が泣かせたと思われないか
そんなくだらないことが頭をよぎる。

それと同時にある思い出が蘇った。
小さい頃ホワイトデーのお返しが恥ずかしくて渡せず家に帰り、父と一緒に渡しに行ったこと。
父の背中に隠れながら小さい声で「ありがとう」と言ったこと。
きっとその声は届いておらずその後その女の子にそれが原因で振られてしまったこと。
(好きだったがその態度で冷めたと言うのを友人伝いに聞いた)

いつも大事な所で恥ずかしがって隠れてやり過ごそうとする。
そんな自分を変えるために強がって意地と見栄を張って少しばかりではあるがカッコつけて生きて来た。

目の前で泣いている彼女に声を掛けない方が後悔する。
分かりきっていた。
道路でパンクしている車を見ても、
ショピングモールで荷物をひっくり返した人を見ても、
ドラッグストアで万引きする人を見ても、
携帯を池に落とした人を見ても、
どれも一度はその場を去ったが後で後悔して引き返した。
引き返しても遅かったこともあるがどれも後悔はしていない。

今回もそれと同じで、
声をかけなかったら必ず彼女は後悔と共に僕の記憶から消えてはくれないのだろう。

とは言え電車内で話しかける勇気は出なかったので駅を出てからにしようと思った。
偶然にも次の駅は大きい駅で大半の人はそこで降りるからだ。僕も漏れることなくその駅で降りる。
案の定次の駅で降りた彼女。
改札を出た後、目の前の大きな道路にかかる横断歩道で彼女は止まった。

「あの、すみません。
いきなり声をかけて驚くとは思いますが、
電車の中からあなたが泣いているのをずっと見ていて、
何か辛いことでもありましたか?
大丈夫ですか?」
緊張を飲み込みながら声をかけた。今思うとただのナンパだ。

彼女は驚きと少し怯えた表情でこちらを見た。
目があった瞬間、彼女は驚いたようだった。
取り繕った笑顔で涙を拭きながら
「目の前ですもんね、見られて恥ずかし」
そう答えた。
「もし急いでなければ話聞きましょうか?僕でよければ。」
彼女は小さく頷いた。
「すぐそこの公園に行きましょう。コーヒー飲めますか?
甘いものを飲むと落ち着きますよ。」僕は自販機の前で立ち止まる。
彼女は首を横に振りながら「コーヒーは飲めません。ミルクティーなら飲めます。」
注文をつけるのが恥ずかしかったのか
少し俯き、目には涙を浮かべながら視線を合わさず彼女は答えた。
見た目は大人びているがやはりまだ少女だ。

缶コーヒーとミルクティーを片手に公園のベンチに距離を少し空けて座る。
「今日は少し寒いのでホットが丁度いいですね。」
間を持たせるには天気の話だと聞いた事がある。
「私、初めて友達と喧嘩しちゃって、ずっと仲の良かった子だからどうしたらいいかわからなくて。」
そう言ってまた俯いてポロポロと涙をこぼし始めた。
「そっか。それは大変だったね。」
少女らしい原因で少しほっとした。
軽々しく踏み入ったらウサギの穴に落ちるなんて良くある話だ。
ほっとした様子を悟られたのか
「どうしたらいいと思います?」
「そんなことかって思いましたよね?」
「私にとっては重要な事なんです。」
少し怒った様に捲し立てた。

慌てて僕は答える。
「そんなことないよ。
まず前提として、今の状態はずっとは続かない。良いも悪いも必ず変わっていく。
同じ所に留まってはいれない。
理由はわからないけど、人前で涙が堪えきれなくなる程喧嘩したら辛くなる相手ってことは、
それくらいその友達が大事ってことだよね?」
彼女は真剣な目でこちらを見ながら頷く。
「大事な友達なら何も考えずに素直に真っ直ぐ謝ってみたら?」
「いなくなって困るような大事な友達なら離れて行かないように自分から歩み寄るべきだよ。」
彼女は下をむき少し考えた後
「今から電話します。」
真剣な顔で携帯を握りしめ、真っ直ぐ僕の目を見つめた。

そこからはあっという間だった。
友達に電話をする彼女。
「もしもし?あの、さっきはごめんね。
ううん。私の方こそ言い過ぎた。
うん、いいよ。今どこ?〇〇駅?私もいるよ。わかった!すぐいくね!」

彼女の声は明らかに明るくなり、表情は晴れやかだった。
今にも走り出しそうな彼女に僕は
「よかったね。」
そう声をかけると彼女は
「おじさん!私いくね!」
そう言って走り出した。
すぐにこちらを振り返り
「ご馳走様!声かけてくれて、話聞いてくれてありがとう!」
深々とおじぎをしてまた走り出した。
揺れる髪を少し見つめた後、ベンチに座り直し残ったコーヒーを飲んだ。
まだ10月だと言うのに今日はよく冷える。
「おじさんか…」
さっきは絶望の淵にいるような顔だった彼女のことを思い出し笑いが込み上げる。
もうすぐ日が暮れる。そろそろ行こう。

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