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光(十)

 ついにライブの日。イベント名は「これからのアイドル大集合!」。増田さんのユニットやわたしたちのほかにも、たくさんのローカルアイドルが集結する。とはいえ、本気で食べていこうとする人たちと部活としてやっているのでは、意気込みに隔たりがあると思われがち。彩葉が話を持ってこなければ、おそらく参加できなかっただろう。
 それでも、わたしたちはどのグループにも負けないパフォーマンスをするつもりだ。部活だから、って言われるのは一番嫌。
 平日の夜なので、学校が終わって、生徒がまだ部活動や委員会の仕事をしている最中、九人で目的地へ出発する。
 会場となるのは、増田さんがいつも劇場として使っているところ。オフィスビルの地下一階、会議スペースのような場所で、少し狭い感は否めないけれど、ちゃんとしたステージが形成されていた。
「思ったより人いっぱい。緊張するねー」
 紅亜さんが袖から観客席を覗き込んでいる。
「ちょっと、まだ出番じゃないのですから、顔を出してはいけませんよ」
 美桜さんがたしなめ、紅亜さんはしぶしぶ戻ってくる。
「学校外でライブができるのは、貴重な経験よね」
 と、美波さん。
「彩葉ちゃんのおかげだねー」
 さくらさんが同調する。なんとなく、彩葉の方に視線を向ける。彼女は増田さんと何やら言葉を交わしていた。
「そもそも、わたしたちってどのくらい知られてるんですかね?」
「さあ、ほぼ無名に等しいと思うけれど」
「今日知る人も多いだろうなー」
「それなら、いい印象を与えて、これからも応援してもらいたいね」
「もちろんです。――でも、ドキドキしますね」
 ぼそぼそと話している一方、舞子さんと緋菜さんは来ているアイドルのチェックに余念がなく、二人だけで顔を突き合わせている。
 そして、舞台に立つ瞬間を迎えた。
 袖から順番に出ていくと、大きな歓声に包まれた。予想以上に盛り上がっている。わたしたちの前で、既にいいムードができあがっているようだ。手を振って応えながら、さっそくフォーメーションにつく。紅亜さんが前列中央で、美桜さんと舞子さんが左右から挟む。後列は紅亜さんの後ろにわたしと千歳、美桜さんの後ろに美波さんとさくらさん、舞子さんの後ろに緋菜さんと彩葉。新たなメンバーが加入して、何度か検討されたけれど、この立ち位置が一番落ち着く、と至った。
 何より、わたしたちを表現するのにはこれが最適。
 センターポジションの紅亜さんが挨拶をした。
「こんばんは、初めまして。今日は一高校のアイドル部であるわたしたちを、こんな素敵なイベントにお招きしてもらい、ほんとうに感謝しています。見にきてくださったみなさんを後悔させないよう、全力でパフォーマンスさせていただきます!」
 いつもながら堂々としている挨拶を聞きながら、わたしは今日の衣装を見渡していた。お客さんからはどう映っているだろうか。マイクで問いかけたいくらいだけど、そうはいかない。
 学校の制服みたいに襟付き、さらにボタンをあしらい、下はフリルスカートにした。これだけでもかわいかったけれど、さらに先日の絵のイメージを加え、白い花びらを全身に散らせている。頭には花冠。綿帽子でおめかししたよう。我ながら、よくできている。
「それでは聴いてください。NMB48さんの『君と出会って僕は変わった』」
 前奏に入り、練習してきた振り付けに入る。踊りだすと、観客席からの掛け声や手拍子が心地よく、どんどんと楽しくなってきた。
 わたしは歌もダンスも初心者だったから、舞子さんや彩葉がときどき羨ましくなる。でも、最近では、気にしすぎて委縮するのはもっとよくない、と考えるようになった。だって、アイドルは笑顔でいればいいわけじゃなく、笑顔にさせる存在なのだから。
 わたしなりに、今できる全力を発揮する。

  君と出会って僕は変わった

  息を切らし走ってる

  誰かのために 必死になるって気持ちいい

  欲しかったのは答えじゃなくて

  問いかけてみること

  今額に落ちる 汗の分だけ

  清々しい

 爽やかな曲調で、とても好きな曲。何者でもないわたしたち、でも、だからこそ何色に染まることもできる、そんな可能性を感じさせる、相応しい選曲だったかもしれない。

 千歳とアイドル部に入らせてもらって、人数が増え、こんなイベントに参加させてもらえるようになった。アイドルと出会って、少しでもわたしは変わったかな?
 踊りきって、目の前を見据える。流れた汗はわたしが変わってきた証。

 深夜、窓から空を見上げる。星は見えないが、月が煌々と輝いていた。ライブの興奮が冷めなくて、まだ眠りに就けそうにない。
 成功だったと言っていいのではないだろうか。あれだけの初めてのお客さんの前で、臆することなく披露できた。反省点はゼロではないけれど、飲まれることはなかった。
 帰りの電車、わたしたちの街へみんなで揺られる中、彩葉はわたしだけに打ち明け話をしてくれた。これまでのこと、そして、これからやりたいこと。
 彼女の過去はそんなに驚かなかった。そう遠くないイメージだったし、むしろ、いろいろな面で腑に落ちた。舞子さんと緋菜さんは、打ち明ける前から気づいていたらしい。さすがは、ずっとアイドルを追いかけているだけある。
 わたしがより興味を抱いたのは、これからのことだった。札幌で挫折を味わい、アイドルとちょっと距離を置いていた彼女が、それでもスクールアイドルとなり、これからどうしていきたいのか。彩葉は、わたしたちと最高のパフォーマンスをして、最高の思い出を作りたいと言う。好きなことを穏やかな気持ちで取り組んでみたい、という望み。
 それなら、任せてほしい。わたしたちは既に思い出を作ってきた。一緒にいるだけで、何かが起こせる気がする。だから、彩葉も一緒にいればいい。それだけ。
 そろそろ眠ろうかな。ベッドに体を横たえる。
 学校のみんなにも、満面の笑みを浮かべた彩葉を見てほしい。どんなときの彼女よりも、ステージ上の彩葉は眩しいから。

   七 気づいたら片想い

 人は生まれてからたくさんの出会いをする。その度に、今度こそ運命だと信じる。何かに導かれるようにしてわたしたちは出会った、そう願う。
 先生と出会ったのはこの高校に来てから。ずっと優等生と表向きには言われ、裏では堅物とかノリが悪いとか言われていたわたしは、意外なほど先生に惹かれた。まだ若く、自信に満ち溢れている彼に。陰で言われていたことを気にしたため、だったのだろうか。

 勉強のことを訊きにいくのを手始めに、少しずつ自分の話をするようになり、自然と親しい関係に変わっていった。それでも、そう思っていたのはわたしだけのようで、先生の方では数多いる生徒の中の一人に過ぎないらしい。見ていて分かる。このままでは、きっと想いを遂げることはできない――でも、できなくていいのかもしれない。
 中学生時代、誰かを好きになったことがなかった。スタイルがよく、それなりにかわいい見た目で、言い寄られることはしばしばあったけれど、少しも心が揺れ動かなかった。誰かとの時間を優先する気が起きない。それくらいなら、わたしは自分のやるべきことに溺れていたい。
 先生を好きになったのはその反動だったのだろうか。だけど、この種の感情は言葉で説明しきれるものではない。見えない力が働いて、どうしようもなく意識を傾けてしまう、それが恋だ。

  気づいたら片想い いつの間にか好きだった

  あなたを想うそのたび なんだか切なくて

  気づいたら片想い 認めたくはないけど

  強情になっている分 心は脆いかも……

 乃木坂46の『気づいたら片想い』。今の自分を思い、何度となく口ずさむ。

 ――先生。
 背後からそっと声をかける。ゆっくりと、先生が振り向く。
 ――おう、高城か。
 人の少ない朝休みの廊下、二人きりで話すまたとない機会だ。窓側に寄って、向かい合う。女子の中でも背の高いわたしだけれど、先生は少し見上げる形になる。
 ――アイドル部、始めてたんだな。知らなかったから、ライブ見て驚いたよ。
 何も知らずにステージに立つわたしを目の当たりにしたら、きっとびっくりするだろうと思って、敢えて黙っていた。楽しいことが好きな先生が、いつも学期末の催しに来ることは織り込み済みだった。
 ――先生、どうでした?
 照れるようにして、俯いてしまう。実際、印象を尋ねるのは恥ずかしかった。それでも、訊きたい。
 ――かわいかったよ。
 わたしを褒めてくれる言葉が。
 ――高城、歌とかダンス、得意だったんだな。かっこよかった。
 ――ありがとうございます。いっぱい練習したんですよ。
 きっと、いい風に言ってくれるだろうとは予想していた。でも、想像と現実に伝えられるのとでは、心に響くものが異なる。わたしの胸は満たされた。
 部活に入っていなかったわたしがアイドル部に入ったのは、先生に振り向いてもらうためだった。普段の真面目なわたしだけじゃなくて、こんな一面もあるのだと驚いてほしかった。こんなこと、紅亜たちには絶対に言えないけれど。
 それとなくさくらを誘って、上手いことメンバーに加われた。最初の動機はちょっと不純だったかもしれないが、しかし、次第にアイドルであることが楽しくなってくる。みんなの前で歌とダンスを披露することが、この上ない快感だった。今までに感じたことのないときめき。
 だから、今では真剣に取り組んでいるし、もっとよくしていくために意見も述べている。やはり生来の気質が、ここでもわたしを優等生にしてしまうらしい。みんなも同じくらい真剣だからいいけど。
 いつか。
 先生と話しながら、言葉にならない呟きを漏らす。
 いつか、美波って呼んでくれたらな。

 先日のイベントも無事終了し、次は二学期末のライブに備えている。九人になったわたしたちを学校のみんなに見てもらう初めての機会だ。せっかくだから、あっと言わせる内容にしたい。しかし――
「さくらさんと緋菜さん、今日も部活来られないんですね」
 舞子がぽつりと漏らす。屋上に集まっているのは七人。大学受験が控えている三年生は、休みがちになっていた。推薦で行けることがほぼ確定しているわたしは、二人に比べたら出席率が高い。
 ほんとうは、三年生がライブに参加するかどうかも迷った。ほかの部活はとうに引退している。わたしたちも人生の懸かった大事な時期。だけど、決め手となったのは紅亜の言葉だった。
 九人でステージに立ちたい。一人でも欠けたら、ライブはしなくていい。
 三年生に遠慮しながらも、そこには確かな意志を感じた。だから、強く頷き返した。九人で出よう。合わせる機会はかなり限られるだろうけれど、絶対に間に合わせるから。
 現在のところ、なかなか練習に来られないさくらと緋菜に教えられるように、振り付けを覚えるのが早い舞子と彩葉が二人分覚えている。わたしはなんとか、自分でやっている。
「大丈夫だよ!」
 紅亜が明るい声を上げる。
「大丈夫だって。――特に根拠はないんだけど」
 メンバーのみんながいるから、きっと大丈夫。そんな台詞が続くような気がした。

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