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バスケ物語 ep.13

 持田が交代で入った。この持田と佐々井の代わりで入った岩田は、三年生が抜ける次の大会からスタメンになる可能性が高いので、ここで経験が積めると考えれば悪くない。
 しかし、相手は文句がなさ過ぎる。あっさりと小松にレイアップを決められ、また点差が縮まった。
 西桜45―36寒椿
 その後、宮尾のスリーなどで突き放しにかかったが、小松と島田の勢いを止められず、気がつけば二点差まで迫っていた。
 西桜54―52寒椿
 残り時間は少し。少しなのに、とても長く感じていた。しかし――と宮尾は思っていた。勝つしかない。ここまで来たんだ。寒椿相手にも互角で渡り合えるようになったんだ。まだ終わりたくない。強いチームが勝つんじゃない、勝ったチームが強いんだ。
 西桜の五人は必死で守ろうとした。そんな必死さを嘲笑うように、小松がこの試合二度目の後ろ向きシュートを決めた。
 西桜54―54寒椿
 同点――。
「一本、入れてこう」
 村瀬が冷静に叫んだ。けれども声とは裏腹に、表情は疲れが見えた。
 珍しくパスカットされた。取ったのは小松。
 ディフェンスにはカウンターに備えていた平岡しかしない。
「止めろ、シンジ!」
 宮尾は走りながら叫んだ。
 しかし、簡単に抜かれ、シュートが無情な音を立てて入った。
 西桜54―56寒椿
 さっきまでは時間があと少しなことを安心の材料としていたが、一転して目の前に突然、現れた壁のごとく思えた。早くしなければ、試合が終わってしまう。焦りが生まれた。
 宮尾の頭に金子の顔が浮かんだ。負けを意識したとき、浮かんできたのは金子の顔だった。そして、金子を思い浮かべている間、妙に集中できた。生まれてきた焦りは、どこかへ消えた。
 パスをもらって、ゾーンプレスをしてくる高井、永田、中村を気持ちいいぐらいきれいに抜かして、敵陣に躍り出た。スリーポイントラインを確かめてから、小松が来る前にシュートを放った。
 ――そのボールは、きれいな弧を描いてゴールに吸い込まれた。
「よっしゃあ!」
 宮尾は拳を硬く握り締めて、喜びをあらわにした。
 そして、試合終了の笛。村瀬、平岡、岩田、持田が宮尾に手荒い祝福を与えた。
 冬の大会二回戦は、辛くも強豪寒椿を破った。


「最後よく決めたな」
 終わってから、小松が宮尾に話しかけた。敗戦が悔しそうではあるが、息が詰まるゲーム展開に満足した様子でもあった。
「ありがとうございます」
「次は睡蓮だぞ」
「え、そうなんですか?」
「ああ。今の西桜ならいけるぞ。勝ちにいけよ」
「はい、頑張ります」
 そして、別れた。
 次いで待っていたのは、佐々井だった。
「ホントに、すまなかったな。先輩がこのざまなのに、後輩に尻拭ってもらうとは……」
「このまま終わったら悔やんでも悔やみ切れなさそうなんで、雪辱の機会を用意しましたよ。明日の試合、期待してます」
 宮尾は笑った。佐々井も笑い返した。
「ありがとうよ」
 会場は大接戦の熱気が未だ冷めず、方々から興奮した話し声が聞こえた。それを演出した宮尾は、ゆっくりとコートから去っていった。


 その夜、西桜一同は事前に予約してあったホテルへと向かった。
「とりあえず、一泊分は予約しといたから」
 と言うのは顧問の与謝野。
「それ以降は追加式ね。――いや、にしても勝ってよかった」
 響きが損しなかったことに対するものだとはっきり窺えた。共に汗水流していないから、勝った本当の意味を分かっていないのだ。失望を感じながら、宮尾は来年こそはバスケに真面目な顧問をと切望した。
 ホテルに入ると、まず部屋割りがされた。疲れも癒えて、いつもの調子を取り戻した部長、村瀬が仕切る。
「先生含めて十四人だから、女子は三人でじゃんけんして、負けた人が一人。先生は無条件で一人です。残り男子十人は、組みたいやつと適当に組んで」
 部屋割りでどうしても合宿を思い出してしまい、そこから星野とあったこと、そして告白できなかったことに思いが一瞬で巡った。宮尾にとって、たとえあれらを良い思い出と位置付けたとしても、今の関係にあの頃と変化が訪れていないため、できれば避けて通りたい所であった。
 それには平岡といつものように組むのは憚られた。尾崎と付き合っている、というあの頃から唯一の変化の所有者であり、あれらのことを全て知っている存在だけに、彼と組んだら避けられないと思った。
 そのため何とかと適当な理由をこしらえて、宮尾は一年の矢部と組んだ。平岡は長谷部と組んだ。尾崎はその光景を不思議がっているようだったが、口には出さなかった。
 岩田と持田、香村と長島、村瀬と佐々井、と他は順当に決まった。
 女子はじゃんけんの結果、尾崎と三浦が同部屋、負けた星野は一人となった。


     十七


 夕食はホテルのバイキング形式だった。来た順に席についていった。宮尾の隣には平岡が座った。
「よお、レイジ」
「おっす」
 少なからず後ろめたさを感じ、平素のように振舞った。
「星野、一人部屋じゃん」
 やはり避けられなかった。それでも、みんなの前だけに、込み入った話はできないだろうと踏んだ。
「だから何だよ」
「会いに行けよ」
「無理だろ。ばれたら面倒だし」
「大丈夫、みんな疲れてるから、すぐ寝るって」
 それは星野も同じだろうし、見つかったら一番まずい与謝野はあんまり疲れていないから、その推測は的外れだ、と思いながら、平岡の顔を見た。ニヤニヤと笑っていた。どうやら冷やかしの方向で進めるらしい。
「ニヤニヤしやがって、本当はお前が尾崎に会いに行きたいだけなんじゃねえの?」
 と話題をそらすと、平岡はそれに乗っかった。「まあな、どうだろうな。やっぱ無理かな」
「さあ? でもいつでも会えんのに、リスクを犯す必要はないと思うけど」
 そこに村瀬が現れて、話は中断した。
「おつかれさま」
「おつかれさまでした!」
「寒椿に勝てたのは本当に嬉しい限りだ。この後はミーティングなしで、すぐに解散とするから、早く寝て、疲れを癒すようにしてくれ。じゃあ、いただきます」
「いただきまーす!」
 子どものように、料理の方へと早歩きで向かった。
 場は和やかな雰囲気に包まれた。


 部屋に戻ってから、やることもないから、持ってきていた音楽プレーヤーを横になりながら聴いて、目を瞑った。このまま眠れれば、と目論んだけど、目はさっきから冴えていて、眠れそうになかった。
 しばらくすると、宮尾が眠ったと思ったのか、矢部は電気を消して、隣のベッドにもぐり込んだ。疲れていたのかすぐに眠って、その証拠にいびきをかいていた。
 宮尾はまだ眠れそうになかった。そして喉の渇きを覚え、ひとまず外の自動販売機で何か買って来ることにした。
 上着を着て、部屋の外に出た。

 外は冬なのに寒くなくて、宮尾は上着がなくても良かったと思った。廊下の明かりはついているが、人気がなく、物音すらしないため、もう夜遅いことに今さら気がついた。
 曲がり角の所で、いきなり星野が現れた。
「あ、星野」
 反射的に名前を呼んだ。
「宮尾君」
 星野は立ち止まって、そこで立ち話をする形となった。
「どこ行ってたの?」
「自販機」
 よく見ると、缶を手にしていた。
「宮尾君は?」
「おれもこれから自販機に行こうと思ってた」
「へえ、奇遇だねえ」
 本当に奇遇だった。こういうでき過ぎた偶然が、過去にもあった。その度に喜んで、そして二人の関係に進展をもたらしたが、神様の与えてくれるチャンスに応えられず、依然として二人の間に特別な呼称がつこうとしない。
「宮尾君、今日かっこよかったよ」
「おれが? 最後のスリー決めたとこ?」
「それもあるけど、試合での必死さがよかった。勝ちにいこうって、最後まで諦めない姿勢がかっこよかった」
 星野は宮尾の目を見つめながら微笑んだ。「初めて見た」
「明日も見してやるよ」
 宮尾は周りを考えて小さな声だが、力強く言い切った。
「睡蓮に明日こそ勝つから、応援よろしく」
「――うん」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
 互いに背を向け合った。
 もっと他に言うことがあったのだろうか。また、与えられたチャンスをふいにしてしまったのだろうか。頭の中でそうだとも、そんなことないとも考えて、どちらでもいいやと落ち着いた。
 今はバスケのことだけに没頭していればいい。それが本来の自分なんだから、そう言い聞かせて、宮尾は夜の廊下を寂しく歩いた。


 昨日の影響か、ちょっと腰と太ももが痛い。宮尾は朝起きてからそのことに気付いた。まあ、気のせいだと言える程度なので、アドレナリンがカバーしてくれることを期待し、出発する準備を始めた。
 それに、痛いだの眠いだのと言っていられる相手ではない。今日の相手は睡蓮高校。今年すでに二度、対戦している。三度目の正直となるのか、二度あることは三度あるのか、このホテルで夜を迎えることができるのか、宮尾の思考は巡り続けた。
 西桜の調子は上向きだ。春先からの成長もそうだが、今大会は勢いがある。運もいい。くじ運は相変わらずだったけど、それを跳ね返せるほどだ。
 宮尾は頬をぴしゃりと叩いた。気合を入れて試合に臨まないと、また負けの意識に飲まれてしまう。自信を持って、勝ちにいこう。
 そんな決意表明の第一歩として、そろそろ時間だというのに起きない矢部の鼻をつまんで、無理矢理起こした。


 会場に入った。そのまま控え室に直行。
 早速、ミーティングが開かれようとしたが、宮尾は急に尿意を催した。
「あ、すんません。ちょっとトイレ行ってきていいですか?」
「ああ? 仕方ねえな。早くしろよ」
「はい」
 言うが早いか、控え室を出て、駆け出した。


「はー、すっきりした」
 トイレを済ますと、外に出た。また走らなければならない。
 そこに金子が立っていた。宮尾は立ち止まった。
「よう、ご無沙汰やな」
 その表情からは、余裕が窺えた。緊張とかプレッシャーを知らないような。
「久しぶりだな、金子。今日は勝たせてもらうぜ」
「へえ、言うようになったな。まあ、昨日の試合は見事やったで」
「――試合、見てたのか」
「ああ、寒椿戦な。勝った方と当たるわけやったし、寒椿が勝つと思うとったけど――」
 金子が西桜の実力を少し認めているような態度が、宮尾には嬉しかった。やっと同じ土俵に立てた。
「言っとくけど、まだまだ強くなるぞ、西桜は」
「あー、怖い、怖い。発展途上のチームは、末恐ろしいわ。――ま、軽く潰したるけどな」
 金子は不敵に笑った。
「あ、あかん。ミーティングの途中やった。すぐ戻らんと」
 急に慌てて走り出した。
「あ、おれもだ。じゃあ、試合でな!」
 宮尾が叫ぶと、金子は片手を上げて応じた。
 宮尾も反対側に走り出した。


 待っていたのは村瀬の怒号だった。
「遅い! もう終わったから、一言で作戦言うぞ」
「はい、すいません」
「全力を出し切れ、以上」
 ちょっと拍子抜けした。睡蓮戦なのに、具体的な策なし?
「あの、それだけですか?」
「以上って言っただろ」
「あ、そうですよね」
 村瀬は呆れたようにため息をつくと、「よし、円陣を組め」と言った。
 部員十三人で円を作った。誰もがこの試合に同じ思いを抱いている。誰も欠けてはならない。スタメンじゃなくても、欠けていい人なんてこの中にはいない。支えてくれるマネージャーもそう。十三人が一つとなって、ここまできた。
「絶対、勝つぞ!」
「おお!」
 勝つしかない。勝つ意外に何もない。


 ジャンプボールで運命の試合が開始された。まず拾ったのは睡蓮の飯岡。すぐに植松にパスした。かと思っていたら、目にも留まらぬ速さでシュートした。完璧なフォームに、高い打点。防ぐのは容易くない。
 西桜0―3睡蓮
 いきなり見せつけられても、今の西桜は怯まない。村瀬がボールを運んで、佐々井に絶妙なパスを出した。佐々井はフェイントを使って、植松を抜いた。しかし、すぐ後ろに一年の草野が待ち構えていて、カットされてしまった。
 草野は前線に走る金子に投げて、金子はドリブルで一気にゴールに迫った。
「ダブルチーム!」
 その前に宮尾と平岡が立ち塞がった。
 ところが金子はあっさりボールを横に流して、草野がそれを捕った。草野はスリーポイントラインより後ろから打った。
 西桜0―6睡蓮
「まだまだですね、先輩方」
 草野が生意気にも、すれ違いざまにそう言った。
 やられたら、やり返すしかない。西桜は再び攻めたが、長谷部のシュートが外れ、リバウンドも清水に捕られ、さらにカウンターをくらい、最終的に金子がスリーを決めた。
 西桜0―9睡蓮
 三者連続スリーポイントシュートに、会場はどよめいた。


 試合中、宮尾は目の前のことに没頭しながらも、今までのことが断片的に頭に浮かんだ。
 この一年間、色々なことがあった。星野が転入してきて、新設校の百合と対戦し、体育祭で星野とペアになり、留学生のいる山茶花に負けて、合宿で星野とキスして、金子に出会い、夏の大会で一回戦負けして、練習試合で寒椿に実力の差を見せつけられ、秋の大会で村瀬が悔し涙を流し、平岡が尾崎と付き合い始め、宮尾は――。
 冬の大会一回戦、山茶花に圧勝して確かな成長を感じ、二回戦で寒椿相手に奇跡の大逆転勝利を収め、三度目の睡蓮への挑戦権を得た。
 まだ終われない。
 宮尾は心の中で静かに告げた。
 ――見てろよ、星野。

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