コントロールという生きづらさに氣づいたトキ
こんにちは
はるかです😊✨
いつも読んでくださりありがとうございます。
26歳のトキ、
人のコントロールという概念に初めて出逢いました。
それまでなんとなく感じていた生きづらさの答えがやってきたと感じた出来事です。
そして、人の力の強さにビックリし、自分の意識でこんなにも変化するんだと希望が持てた出来事でもあります、
26歳のトキ
長男くんが3歳
長女ちゃんが1歳です。
わたしが自分自身のコントロールと対峙したのには、子どもたちが大きく関わっていますので当時の家庭の背景もお話ししていきます。
当時イヤイヤ期真っ只中の長男くん。
一度泣き始めたら理由も分からず毎日2時間は泣き続ける子でした。
長女ちゃんは体力的にも機嫌的にも夕方にはグズグズ。
2人の泣くタイミングが重なるとカオスです。
長女ちゃんをおんぶ。
長男くんを抱っこのまま立ってあやしたり。
泣き続ける2人を1人をベビーカーに乗せて1人をおんぶで夕方散歩に出たり。
立てる体力さえ残っていないトキは、
両膝に2人をのせて泣き続けるのをボーっと観察したり。
寝たら泣かないかも!と
夕方の4時までにお風呂とご飯を完了して一緒に寝てみたり。
『泣かせないために色々奮闘していました』
なぜなら、
当時一番強く感じていたのは、
『完璧なお母さんだったら子どもたちが泣くことはない』と信じていたからです。そして、完璧なお母さんになろうとしていました。
なんって烏滸がましいww
完璧なお母さんを目指しているので、
子どもたちが泣いたら「母親失格」だと責められているように感じていました。
泣くことが悪いことだと思っていましたし、
思いっきり泣ける子どもたちに嫉妬もしていました。
コントロールが強い時によく使っていた言葉です。
「でも」
「だって」
「こうしなければならない」
「こうすべき」
「当たり前」
人に対しても常にこの意識で接していました。
子どもたちや旦那さんにも。
それが思い通りにいかないと怒りが込み上げてきていました。
そんな自分が嫌だなと感じ、
自分自身をコントロールしていることを探し始めました。
「完璧なお母さんであるべき」
「人前で泣いてはならない」
「旦那さんが帰ってくるまでに家事を終わらせなければならない」
「子どもたちを20:00までに寝かせなければならない」
「お母さんなんだからご飯をつくるのは当たり前」
「節約すべき」
「子どもたちがいるから好きなことができないのは当たり前」
「だって、旦那さんがこう言ったから・・・」
などなど
自分がしていることを全部書き出しました。
書き出してみてびっくり!
こんなにも自分を押さえ込んで生きていたのか!
子どもたちが泣くことで教えてくれなかったら
押さえ込んで生きていることに氣がつけませんでした。
そりゃあ、こんなに押さえ込んで生きていたら
ちょっとしたことで怒りが爆発するわけです。
当時は、沸点がとても低く
ちょっとしたことですぐに怒っていました。
そこに氣づかせていただいてからは、
自分の感情や氣持ちに素直に行動できるように少しずつ変化していきました。
子どもたちにたくさん氣づかせていただいた出来事でした!
この出来事がなかったらわたしはとても4人の子どもたちを迎える心の準備ができていなかったし、子どもたちと自分と旦那さんと思いっきり自分の人生を楽しもう💫✨となっていなかったと思います😊
今日も最後まで読んでくださりありがとうございます。
素敵な1日をっ💕🌸💫✨
HARUKA✴︎
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