今回は伊藤亜紗『目の見えない人は世界をどう見ているのか』を紹介します。
本書はこんな人にオススメ
・目が見えない人がどう世界を見ているか知りたい
・人体の仕組みを理解したい
・障害の歴史を知りたい
本書の3つのポイント
1 人間は視覚に翻弄されている
2 目の見えない人は脳の使い方が違う
3 障害の歴史は社会の工業化によって始まった
本書を読むことで、目の見えない人の感覚を通して、人間の身体の凄さを理解することができました。
1 人間は視覚情報に翻弄されている
①人間はほとんどの情報を視覚から得ている
本書では、障害者を「健常者が使っているものを使わず、健常者が使っていない物を使っている人」と定義した上で、障害者の体を知ることで、体の潜在的な可能性を捉えることを試みています。
②視覚刺激に翻弄される人々
現代は、パソコン・スマートフォンなどから大量の情報を目にする時代です。
こういった視覚情報が、人間の購買行動に影響しているのは深く頷けます。
これが行き過ぎた結果、欲しくないものを買わされている側面さえあるように思えます。
2 目の見えない人は脳の使い方が違う
①脳の使い方の違い
目の見える人は、視覚から入ってくる情報が多すぎて、余計な情報の処理にも脳を使用して余裕がない状態になっているようですね。
目の見えない人は、そのスペースを視覚以外の身体から得られる情報で埋めることで状況判断を行っているイメージでしょうか。
② 目の見えない人の思考プロセス
確かに、目の見える人は見れば分かることを記憶しようとは思いません。
一方で、目の見えない人はこれらの情報を外部記憶する手段がないため記憶でこれを補うことになりますが、空間把握のためには膨大な情報が必要になることが想像されます。
こういったことからも、本来視覚情報が入る脳の領域に別の情報が入ることで、記憶に関して別の能力が発揮されているように感じます。
③「進化」と「リハビリ」との類似点
体の器官を失うことと、進化には共通点があると著者は着目します。
失われた器官の機能を残された器官で補おうとすることは、必要な能力を身につけるために進化していくことと類似している。
目の見えない人のエピソードを本書で読むたびに、人間には生きるための高い適応能力が備わっていることを感じさせられました。
3 障害の歴史は社会の工業化によって始まった
①障害に対するイメージの変遷
障害に対するイメージは、工業発展と労働の画一化が背景にあるというのは驚きました。
「自分にできることで社会に貢献する」ことではなく「全ての人が同じことができること」が求められるようになっていく。
やや論点はずれますが、均一化が求められるという意味では、日本社会の空気感はこれと共通すると読み感じました。
②「個人モデル」から「社会モデル」の転換
こうした障害に対する社会の捉え方は、徐々に転換していくことになります。
社会の側にある壁によって不自由さを感じることこそが障害であるという考え方に変わっていきました。
よく聞く「バリアフリー」という言葉も、この考え方に基づき生まれた言葉なのでしょうか。
一方で、筆者は「社会の側に障害があるからといって、それを端から全部なくしていけばいいという物ではない」とも語っています。
③違いを生かすということ
目の見えない人が、パスタソースを買おうとした時に何が起こるか。
本書ではこの例が特徴的に描かれていますが、この事例から障害の問題がよく分かると感じました。
商品パッケージや味の説明文の情報を基に、複数の選択肢の中からソースを選ぶことは目の見えない人にはできません。
一方で、目の見えない人向けに絵画の解説を言語で行う美術鑑賞が存在するように、視覚によらない楽しみ方は工夫次第で実現することができます。
目の見える人と同じ体験を可能にすることだけが重要なのではなく、それぞれの違いを生かした楽しみ方をできるようにすることが重要ではないかと筆者は問いかけています。
4 全体のまとめ
障害のイメージをいい意味で転換できる本だと感じました。
障害というと、社会のバリアや障害者の生活の困難さなどが語られることが多いですが、本書はフラットな視点で目の見えない人の感覚や考え方に着目しています。
例えば、情報の視点。人間は情報の多くを視覚から入手しています。
そのため、目の見えない人は、扱える情報が少なくなるわけですが、それが必ずしもネガティブなことではないと著者は言います。
情報の少なさは、見方によっては余計な情報に惑わされないとも言えますし、これは物事の本質を捉えることに寄与しているとも言えます。
特に本書からは、人間が視覚情報に踊らされる生き物であることがはっきりと分かります。
例えば、目の見えない人は、視覚情報がないため、バーゲンセールや宣伝情報などが遮断されています。
そのため、衝動買いの原因となる情報が入ってこないことで、当初買う予定だったものしか買いません。
逆に、目の見えている人は、したいこと、買いたいものを歪められており、欲望を社会にコントロールされているという見方さえできます。
パソコンやスマートフォンで大量の情報が流れてくる現代社会においては、「意識的に情報を減らすこと」「自分をしっかり持つこと」が必要であると改めて考えるきっかけとなりました。