三題噺4 【流されて】

『いきあたりばったり』掲載作品。一部修正しています。
【曇り、風、洗濯物】
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ふわりと流れた風に、香りを感じた。
それは新しい緑の香り。
それは朝日の柔らかな香り。
それは香ばしいパンの香り。
……という季節も過ぎて、じめじめとした季節がやってきた。
雨続きで気分も滅入ってしまう。
重たい雲は空を覆い尽くして、太陽を隠してしまっていた。
曇り、という天気に位を付けるとしたら、これは紛れもなく曇りの王様だ。
king of cloudだ。
……英文学の宿題が出ていると無駄に英語を使いたがるのは、私の悪い癖だ。
曇りにもいい曇りと悪い曇りがあると私は思う。
いい曇りは、例えば夏の日。
カンカン照りの太陽から私を守ってくれる雲。
それが一番、そう、queen of cloudだ。
悪い曇りは……今の状態。
……おっと、これじゃあ夫婦仲の悪い雲になってしまう。
ということはどちらかの名前を変えないといけなくなる。
kingかqueenか。
由々しき問題である。
…………何考えてんだろ。
とりあえず私がこの時期が嫌いなのは、洗濯物が乾かないからである。
一人暮らしを始めたばかりの私にとってはこちらの方が由々しき問題であった。
春に二日くらい雨が降るのはまだ良い。なんとかはなる。
でも、梅雨は、これが何日も続く。
生乾きになるし、においはなんかするし、そもそも身の回りが雨くさいし。
小さいころ、わざと水たまりに入ってよくズボンを濡らしていたが、母は怒りながら洗濯してくれた。
いま、過去の自分を殴りたい。乾きにくいんだぞわかってんのか、って。
文句を言ったところで現状打破なんて不可能なので、
つまり、雨をやませる力なんて中二くさいことを言い出す気はないので、
おとなしく室内で干すことにする。
洗濯機から服を出して、ハンガーにかけていく。
湿度の高い部屋が、さらに息苦しくなる。
雨の音がBGMになってくれるわけではなく、ただただ、空から水が落ちているだけだった。
服をかけ終わって、椅子に座って一息つく。
独りでやってみてから気づいた。
家事って意外ときつい。
一人分でもこんなに手間がかかるのに、母は毎日やっていたのだ。
男は外で、女は中。
そんな言葉が消え始めるのはいつになるのだろうか。
男女平等だとか、イクメンだとか。
言葉がたくさん生まれても、結局内情は変わらない。
いつだって家事をしていたのは母だった。
友達の家はお父さんが休日にご飯を作るのだという。
私の家では、父がキッチンに立つことさえなかった。
偏見だ。
私のこの考えも。
昔の風潮も。
人の考えたことなんて全部偏見なのだ。
なのに私たちは、
どの考えがよくて、
どの考えが悪いだなんて、
これまた偏見で決めているのだ。
そんなことを考えていたらうたた寝をしてしまっていたらしい。
夢を見た。
風の音がする。
風の香りがする。
風に遊ばれる紙の音も、
風に押されていく雲の音もする。
ああやって人も大きな力に流されて、
一般大衆の一員になって自分をなくしていくのだろうか。
目を覚ましたら、外は暗かった。
雨の音はしないので、雨は止んでいるようだった。
洗濯物は相変わらず生乾きで。
私も釈然としない頭を無理やり起こして夕食の用意に取り掛かる。
……さっき見た夢の内容は忘れてしまった。
きっととりとめのないことなのだろう。
でも、私はたぶん、ずっと、変わらないんだろうなぁ。

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