三題噺3 【街の中へ】

『いきあたりばったり』掲載作品。一部修正しました。
【桜、服、猫】
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ボクは今日も歩き回る。
夜の街は昼とは違う顔を見せる。
ネオンの光と香水の香り。
人の服も昼より華やかな気がする。
キラキラ光るドレスにスーツ。
宝石のついたネックレス。
ぐるぐる巻きの髪の毛。
髪の毛も、心なしかキラキラしている。
ボクは服装にはうるさいたちだと思う。
今日であった人間の服は
正直に言って
ダサい。
ボクには理解のできない服装だった。
どうして人間はほかの動物の毛皮を着るのだろうか。
自身が毛皮を持っていないからだろうか。
確かに人間は局所的に毛深い。
だからこそ服を着るのに、なぜ毛皮を???
この裏の路地にやってくる人間にまともな奴なんていない。
酔っぱらっているおっちゃんか
サングラスをつけたいかついお兄さんか
異常なにおいを発するおばさんか。
それくらいの人間しか来ない。
そんな人間にごまをする気にもなれずボクは路地を出た。
寒さにおびえる季節でもなくなったので少し夜更かししても大丈夫。
大きな道路へ出てみることにした。
路地の中の長老、と呼ばれていたやつは確かこんなことを言っていた。
「昔は、こんな時間に人なんてめったにおらんかった。夜は闇じゃった。今はまぶしすぎて何も見えぬ。」
長老の言わんとしていることはなんとなくわかった。
だけどどうすることもできない。
順応できなければ、死んでしまう。
大通りは車が行きかっていた。
それぞれに向かうところがあるとは限らない。
ボクもどこへ行こう?
しばらく歩いた。
だいぶ歩いた。
さらに歩いた。
帰る所はなんとなくわかる。
その心配は特にない。
だけど目的地のない旅はそれなりに不安を伴う。
もう帰ろうか。
いやまだもうちょっと。
もう帰ろうか。
いやいやあと少し。
何度も繰り返す。
そのうちに、いよいよ人通りもなくなって。
ボクだけの世界になって。
ちょっと嬉しくて。
さみしくて。
帰ろうと決心して道を曲がったとき。
目の前に広がった。
桃色が。
桜色が。
淡く光った。
大きな桜の木。
いや、木というより、樹。
桜の樹が、そこにあった。
光を受けて花びら一枚一枚が
淡く
淡く
光を帯びていた。
いや、桜の樹そのものがぼんやりと光をまとっていた。
街の光とは比べ物にならないくらい優しい光だった。
長老の言っていた「何も見えぬ」ってやつはこのことなのだろう。
街の光にさらされたらこの淡い光なんてかき消される。
桜の樹は、人を、生き物を、惑わす。
あらぬ方向へ誘う。
狂気に触れて、
狂喜に触れて、
桜はさかる。
そしてまた魅かれていくのだ。
闇の前に服は意味をなさぬ。
闇の中に光かるは猫の目。
そうして桜の狂気は街の中に消えていった。

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