三題噺1 【あくび、新幹線、あられ】

『いきあたりばったり』掲載作品です。若干修正しました。

【あくび、新幹線、あられ】
大きいあくびをしてしまった。
あまりにも退屈すぎたのだ。横にいる部長の話が。
お互いスーツを着込んで狭苦しい新幹線の中で、しかも背もたれにももたれられない俺の気持ちがわかるか。
いや、わからないだろう。
くどくどと会社の理念を述べているようで、よく聞けば自分がいかに偉いかを語っただけの話は程よい眠気を誘う。
そんなわけで俺の精神はそこそこにギリギリだった。
そんな中で、あくび。
部長は明らかにむっとした顔をした。
何かフォローしないとまずそうな雰囲気になる。
あぁ、面倒くさい。
「も、申し訳ございませんっ!昨日は、寝不足だったもので……。」
定番ではあるが、この言い訳なら、しっかり睡眠をとれ、程度のお説教で済む。口角を少し上げながら、頭を軽く下げる。
「まったく……。なんだね、軟弱な。私よりは寝ているんだろう?」
寝てないっすよ~。と言いかけて、慌てて笑ってごまかした。
社会人になって、こういうスキルだけ手に入れた。
俺は、大人にはなれてないんだろう。
こうなりたかったわけではないのに。いつの間にかこうなっていた。
若いころに苦労は買ってでもしろというが、この苦労が一体何になるのだろう。
「すこし、トイレに行ってくる。」
「あ、はい。わかりました。」
部長が席を立った。
俺はカバンの中に入れていたお茶を取りだして飲んだ。
ふと窓を見ると、あられが降っていた。
ぱらぱらぱらぱら
音を立てる。
ぱらぱらぱらぱら。
軽く、心地の良い音だ。
上司の顔を気にして、気が付かなかった。
いつから降っていたのだろう。
さっきだろうか。
それともかなり前からか。
……人の営みばかりに気を取られるようになったのは、いつからだったか。
ガキだったころは物珍しくて手の上にのせてみたりしたものだ。
ぱらぱらぱらぱら。
ぱらぱらぱらぱら。
忘れていないか。
……忘れていないか。
小さかった頃の
……小さかった頃の
夢や希望や理想。
……夢や希望や理想。
窓の外のあられに責めたてられているような気がして、
俺は静かに
…静かに
カーテンを
閉めた。


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