三題噺5 【暇つぶし】

『いきあたりばったり』掲載作品です。一部修正しています。
【時計・エアコン・密室】
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とある国のとある小さな町で事件は起こった。
住人のいざこざしか起こらないような町の事件は、平和な日常にあき始めていた住人にとっても警官にとっても久しぶりの刺激だった。
警官といっても、年老いた男性と少し若い青年の二人っきり。
そんな二人が意気揚々と交番を出たのはつい三十分前。
(この町には警察署なんてものはなかった。)
小さな家の前で足を止めた二人。ここが、事件の現場である。
「で……。結局どんな事件なんじゃ。お前さんの話を聞いてもいまいち全貌がつかめなくての」
「えっと……。これ説明するの三度目なんですけども……。事件が発覚したのは、昨日の午後三時ごろ。この家の住人が殺されているのが発見されました。被害者の男性は、この家の息子であったと判明しています。死因は、窒息死で、首に細い糸のようなもので絞められた跡が残されていました。第一発見者は、この家の奥さんで、被害者の義理の母です。死亡推定時刻は正午の一時間前後であるとのことです。……ここまではさすがにわかりますよね?」
「……すまんのう。集中して聞こうと思っていたのだがの。鳥のさえずりがあまりにも美しくての。ほら、あの鳩の声なんか……」
「わかりました。この家の子供がたぶん正午くらいになんかで絞められて殺されて、それをお母さんが見つけて、犯人誰だろなーって話です」
「おぉ。そんなに簡単に言えるのなら最初からそうしなさい」
こんな警官しかいない町なのだ。
若い警官はドアをノックした。
ドアから出てきたのは、少しくたびれた顔をした女性だった。よく見なくても美人である。
「あの……。どなたですか…?」
いきなり現れた二人に戸惑いを隠せないらしい。二人は、アポのなしにこの家にやってきたのだ。
「私たちは、交番から来た、警察のものです。今回の事件についてお話を伺いたく……」
若い警官が女性と話している間に老いた警官はその女性を眺めていた。
(……隠しとる。)
腐っても警官。若いころに培ってきた、そんなに多くもない経験が、違和感をとらえた。
「は、はぁ……」
女性は戸惑いながらも、二人を招き入れた。
部屋の中が閑散として、昨日そんな悲惨な事件が起こったと思わせなかった。普通の家の、普通の日常のモデルルームであった。
二人の警官は、とりあえず事件のあったらしいところへと歩み寄った。
部屋の中央より、やや北に寄った椅子の上で、なくなっていたらしい。
若い警官はそのあたりを探索した。
部屋の壁には、鳩時計。
妙に気温の低いことが気にはなったが、家のものが暑がりなのだろう。
「昨日の正午一時間前後は、どちらに?」
若い警官は、あくまでも何でもないようにふるまって尋ねた。
「え……。昨日は朝から、歌のお稽古に行っていました。朝九時に出て、帰ったのは昼の三時前後くらいです。鍵がかかっていたので、開けて。そしたら……」
女性が言葉を切った。
そしてうつむいてしまった。
「なるほど……。鍵はかかっていた。窓なんかも閉まっていたんですか?」
「もちろん。戸締りはしっかりしていました。過去に空き巣に入られてからは、それはもうしっかりと」
「つまり……。密室、だった……」
若い警官は、それっきり黙り込んでしまった。
老いた警官は、じっと女性を眺めていた。
意味のない時間が数分過ぎたころ、若い警官が声を上げた。
「わかったぞ!!! なぞは解けた!! なぁんだ、こんな簡単なことだったんだ」
女性は、若い警官を見つめた。
「つまりこれは、手の込んだ自殺なんだ!!」
「じ、自殺!?」
「つまりはこうだ。この家は、外見は普通の家に変わらないし、パッと見た感じも特に裕福そうには見えない。しかし、この気温の低さを考えると……。この家には「えあーこんでぃしょなぁ」があるはずだ。そうですよね!?」
「え!?あ、まぁ、はい。でも……」
「「えあーこんでぃしょなぁ」を買うことのできる家なんだ。それなりに裕福に違いない。だとしたら子供にもいろいろあったのだろう。そして彼は自らの命を絶つことをのぞんだ。彼は、自殺法に首吊りを選んだのだろう。だがこの家には、太い柱が存在していなかった。だから、これを使ったのだろう」
若い警官は、壁に歩み寄った。
そこには、鳩時計がかけられていた。
「それは、この鳩時計です!!! これは毎時0分になると、鳩が飛び出す仕組みになっている。その鳩にひもを括り付けて、それを自分の首に巻き、正午になった瞬間に……。つまりこれは、殺人ではなかったんだ」
「え……!? ちょっと、あの……」
「信じたくない気持ちはお察しいたします!!! ですが、これがっ……現実なのです。先輩!!! どうですか、この名推理! ボク、警官じゃなくて探偵になればよかったのかなぁ!!」
一気に話しきった、若い警官は、老いた警官の方を振り向いていった。
「うん。間違いだらけだね。だから君の話は聞く気になれないのだ。一度反省文を書かせたくなるなぁ。まぁそれも支離滅裂なんだろうけど」
「へっ……!? えぇ!? 間違いだらけって、どういうことですかあっ!!!」
「例えば。この家が裕福だったとしても、子供が自殺する要因にはなりえるのか。いろいろあったとして、その中身がまるでわかっとらん。お前さんが自殺にこじつけたいがための憶測にすぎんではないか。あと、太い柱がないのなら、違う方法を探せばよかったのではないか。鳩時計なんぞ使わなくても、よかったではないか。そもそも家で死ぬ理由はなんじゃ。それすらはっきりとしていないのだろ。そして鳩時計なんぞの力で、人が死ぬと思うのか。考えが浅いわい」
老いた警官は、滞ることなくそういったあとに、付け加えた。
「そもそも、人なんぞ殺されておらんわい」
「……へっ!? 」
若い警官は慌ててメモをとりだした。
そこにはしっかりと書かれていた。
殺人事件がおきたというメモが。
日付は……
今から、三十年も前のことだった。
「………………」
「あの……。やっぱり、間違い、だったんですか」
「あぁ。すまんかったな。こいつの馬鹿に付き合ってくださって」
老いた警官は、茫然自失となっている若い警官の肩をつかむと部屋を出ていこうとした。しかし、ドアを開け、部屋を出る前に、振り向いて尋ねた。
「そういえば、どうしてここまで、黙っていたのですか。事件など起きていないことは、わしらが来た時からわかっていたじゃろう」
女性は、ふふっと笑って答えた。
「あなたと同じ。日常に飽きていたからですわ。……ふふっ。楽しかったぁ。」

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