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サラダ記念日。

最初に、タイトルの写真…
希望がなくなってしまって、絶望のどん底にいる私に、姉が数日前にプレゼントしてくれたきれいな色のお皿。
予防策として低GI食しか方法がなくなり、野菜中心の生活になったという事で、「これなら美味しく食べれるかも」とプレゼントしてくれた。
だから、今日はサラダ記念日。

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6月17日、分泌内科から紹介されて行った先の総合病院から報告書が届いたから結果が聞きたければ予約してくれと連絡が来たので、21日に予約をした。

以前、その分泌内科ではアレルギー対応していないから診れないと言われていたので、某大学病院への紹介状を書いてくれないか聞いた。
「書きますよ。だから、それを受け取りに来てください。」と言われた。

そして昨日、行ってきた。

「紹介状は書きません。セカンドオピニオンへ行ってください。」
「えっ?書いてくれるって言ってたじゃないですか?」

「これだけ検査してもわからないんだから、これってセカンドオピニオンでしょ!」
「でも…セカンドオピニオンはその後通院できなかったはずですよ?」

「できます!!テレビでやっているような病院を探してください」
「それって…どこになりますか?医師法で言えないんですか?」
「そうです…」

「以前、母がセカンドオピニオンした際もそこへは通院できず、今の治療以外に何か方法があるのか、それとも今の方法でいいのか、そういった意見を聞きに行くとかいう事だったと思うのですが…」
「診てもらえますから」

これに押し切られて、トボトボと帰ってきた。
そして検索して、セカンドオピニオンをやっている病院を片っ端から見たが、どこも対象外の所に「当院で治療・検査を希望する方」と書いてあった。

クリニックに電話をして、
・セカンドオピニオンの際は紹介状を持参する事
・治療検査目的でないからそこでかかる事が出来ない事
・治療目的の場合、紹介状を持って受診する事
などを伝えた。

返ってきた答えは
「紹介状は書きません。」
「ではどうすればいいですか?」
「セカンドオピニオンを予約して、そこで見解を聞いて、そして自分で病院を探して、紹介状を持って受診してください!」

「どちらにしろ紹介状が必要になると思うんですけど…」
「あのねー、セカンドオピニオン行ったら治療法とか教えてくれるから、それで病院を自分で探してその病院へ行ってください」

「では紹介状は書いてくれないんですね?」
「そうです」もう何を言っても無駄だと思った…

私は人にひどい事を絶対に言わない。
だって、言われたら悲しいし、苦しくなるから。
でも、世の中には人に悲しい事、苦しい事を言う人が多くいる。

原因不明の疾患で病名がつかず、苦しんでいる人のブログを検索してみてると、ドクハラというものにすごく悩んで、精神を病んでしまう人も多い。

私は子供にも「人が悲しむ事は言ってはいけない」「困っている人がいたら、自分のできる事を探して優しく声をかけてあげないといけないよ」と話している。
人生において、勉強よりも大切な事はある。そして学校では教えてくれない事もある。優しさやモラルとか。

ただ、世の中には人が傷つく事を普通に言える人がいる。
そして、きっとその人達はきっと自分の子供にあえて傷つく事を言い、そして困っていたら見捨てる人なんだろうと思ってしまう。

アメリカの学校の事を聞いた事がある。
いじめがあったとする。いじめられた子が学校へ行けなくなったりした場合、病院へ行くのは、いじめた子の方だそう。
いじめを行うなんて精神的に問題があるのではないかという事らしい。
全てではないとは思うが、日本と考え方が正反対だ。
いじめられた子はもちろんケアが必要だとは思うが、人の嫌がる事をする人は精神的に問題があると思う。私はアメリカ寄りなのか?

病院の事を悪く言うと、更に病院へはかかれなくなるけれど…こんなところ、見てやしないので、書きたいと思う。
ここで言いたいのは、普通の社会の中では「精神科へ行った方がいい」という発言は許されない。会社ならパワハラだし、学校ならいじめだし、公の場ならば侮辱罪か名誉毀損罪が適用される可能性もある。
ただ、病院では合法なのだ。
それが例え精神的な病気ではないと診断されている患者でも、精神的な病気である根拠がなくても、その発言は決して問題にはならないのだ。

最近ドクハラで患者が医者に対して弁護士の介入をしてもらう人もいるようだけれど、だからといって、刑事罰がくだるわけでもないため何度も繰り返される。民事では抑止力にはなっていないのが現実。

病院の口コミサイトで医師を名指しで書き込みをしている人もいて「消されたのでまた書き込みます」となんどもアップをしている人までいる。
名指しで非難するのは公が見るため、問題なのではないかと思ってしまうが、かといって小さなクリニックの場合、医者一人で診療している所も多く、結果名指しと同じになってしまうのではないかという懸念もある。
その辺りは書き込んでいる人は意識しているのだろうか…
改善して欲しいとか、わかって欲しいとか必死で、その辺りは考える余裕はないんだろう。

本来、医師法では第19条第1項に「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」という応召義務がある。暴力や診療報酬の支払い拒否や、未払い金の滞納、医師の処方した薬の拒否などの場合を除くけれど。←表向き

私は自分の病気を知りたい、治したいという事から、自分でも同じような症状の症例を探したりしているけれど、だからこそ質問したり、どこの病院ならわかるのか知りたいだけなのに…

小さい頃からエジソンの様に何でも疑問に思うこの性格は、暴力に匹敵するほどの診療行為の妨害にあたるのか…
悲しすぎる…

神経内科→神経内科→糖尿内分泌→神経内科→神経内科
→総合診療科→糖尿内分泌→遺伝子診療科→精神科→神経内科
→糖尿内分泌→アレルギー科(糖尿内分泌の先生指示)
→糖尿内分泌から糖尿内分泌でなない…
    ↑
  いまここ

ドクターショッピングだと思われているんだろうか…
よりよい医療を求めて…ではなく、症状が緩和しないから、緩和をしたいがために、治したいから、治してくれる医師を探しているだけなのに…

これをクレーマーと思われてしまうのか…
だから、朝日新聞の記事にあった大阪大学の研究の通り、難病の方のアンケートで病名確定まで平均23年かかったって…
これは病名が珍しいから診断が遅れたとかいうのだけではなくて、病院恐怖症になってしまって…人間不信になってって…そこの所もぜひ調べて欲しかった。

前回書いた通り、自分で命を絶つ事はしないけれど、血圧の薬を常時飲んでいるにもかかわらず、血圧が突然200以上に上がってしまう事もあるので、いつ亡くなってもいいように、子供たちにお金の事や、親族のつきあいとか、家のメンテナンスのやり方(私担当なので)などなど引き継ぎし始めている。

私は第六感みたいなのがあって、見えない人がわかったりするけれど、そういう人よりも実は生きている人間の方が数万倍怖かったりもする。
人間は人間を傷つける天才。
優しい人を見つけるのは、公園の砂場からダイヤを探すくらい難しい…

あまり病気を考えない事にして、お皿に揚げ出し豆腐を盛り付けて、大根おろしと小ねぎをちらす事だけを考えよう。
そしたらその日が『揚げ出し豆腐記念日』になるから。

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