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ギリシャ神話の話9 テセウス5アテナイへの道 後編

現代にまで伝わる慣用句に「Procrustean bed」というものがある。
日本語で言うならば「プロクルステスのベッド」と読む。
これの意味は「基準の合わないものを無理やり一致させる」という意味である。
『ベッド』は分かる、寝る際の寝台を指したものであるということ。
では『プロクルステス』とはいったい何なのであろうか?
その謎を解き明かすため、テセウスのアテナイへの旅路の最後の戦いを見にいこう。

vsぴったりおじさん

レスラー相手に拳でぶん殴って勝利したテセウスはエレウシスを発ち、アテナイへと向かっていた。
そろそろアテナイ圏内かというときにひょろっと細長い大男がこちらに昔手招きしているのを見つけた。
何か用かな?とテセウスはひょろ男に声を掛けた。
「なんや?」
「そこの旅のお方、アテナイに向かわれるんやろ?アテナイまではまだ少し距離がありますさかい、うちに泊まっていきや」
「おおきに!ほなそうさせてもらうわ」
テセウスは何て親切なオッサンなんだと感心し、ひょろ男についていくことにする。
森の中に家を構えているようで、木々をかき分け薄暗くなってきた森に入っていく。
テセウスはこんなところに住んでるの?と軽くひょろ男に聞くがひょろ男はその質問が聞こえたか聞こえなかったのか分からないが、返事をすることはなかった。

しばらく歩くと木々の隙間に家が建ってるのが見えてきた。
「オッサンここに住んでるん?」
「そやねん、ええとこやろ?」
「虫が多そうでたまに来るならええけど住むのはちょっと・・・」
「森と虫は切っても切り離せないからしゃあない、あんさんは切り離すかもしれんけど」
「いまなんていうた?」
「いえいえ、なんでもあらへんよ。さーお茶でも出しましょか」
少し不穏な言葉が聞こえた気がしたが気のせいと思い、テセウスは家の傍の切り株に腰を下ろす。
「さーさー寒かったでしょ暖かいキノコ茶でも飲んだってください」
「おおきにな」
歩き詰めで喉の乾いていたテセウスはもらった茶を一息に飲み干す。
するとテセウスの視界がぐにゃぐにゃと歪みだし、体は大きく舟を漕いだ。
「・・・何飲ましたんや?」
朦朧とした頭でテセウスはひょろ男にへと絞り出した言葉を紡ぐが、ひょろ男は怪しく笑うだけで答えることはなかった。

どれくらいの時間が経ったのだろう。テセウスはぼんやりした頭で先程の出来事を思い出しつつゆっくりと視界を開いた。
「そうだ!あのひょろオッサン!」
慌てて飛び起きようとしたが自身の手足と腰がベッドに固定されているようで起き上がることができない。
「なんや、これ?」
身をよじってなんとか固定されている鎖を千切ろうとするが、先程の朦朧とさせられたお茶のせいかうまく力が入らない。
「ようやく目がさめよったか」
へっへっへと胡散臭い笑い声を上げながら部屋へ入ってくる男。
少しづつクリアになっていく視界で部屋の中を見渡すと、血で錆びたであろうナイフや包丁、怪しげな刃が並んだ謎の器具が壁にかけてあった。
「ずいぶんエエ趣味しとるな、おっさん」
その言葉を聞きヒェッヒェツとまた不気味な笑い声を上げた男は、壁に掛けてあった刃が並んだ器具を手に取る。
「ええやろ、これ。最近アテナイで発明された『鋸』っちゅーもんや。こいつを体に当てて横に引くと固い骨まで切れる優れモンや」
「ノコギリなんちゅー名前やったんか、てっきり孫の手かなんかだと思っとったで」
「へっへっへそんな軽口叩けるのも今の内だけやであんさん」
怪しげなひょろ男は持っていた鋸を壁の元の位置に戻す。テセウスが横たわっているベッドの周りをゆっくりと一まわりテセウスの耳元に顔を寄せ
「あんさんは小さいから鋸はいらんわなぁ」
と妖しく囁いた。
テセウスは(え、なにこいつキモッ・・・)と思ったが顔にはおくびにも出さず、これからひょろ男がどうするのかを観察していた。
「あたしゃこの森であんさんみたいな旅人をいつも泊めてるけど、毎回一つだけ許せないことがあってね。」
ひょろ男はテセウスの顔を両手で掴むと
「お前たちはいつもベッドとサイズが合わないんだ!!!!!」
と叫んだ。
テセウスはその発言の意味が分からず顔を掴み叫ぶ男の飛んでくる唾に眉を寄せるが、ひょろ男は意に介さず続ける。
「あたしの呼び名を知ってるか?”プロクルステス”ってんだ。」

「プロクルステス・・・」
自身の名を言うひょろ男、あらためプロクルステスの名をテセウスは口の中で噛みしめるようにつぶやく。
プロクルステス、つまり『伸ばす男』の意だ。
「もしかしてさっきのベッドのサイズがどうたらってのは」
テセウスがそう言うとプロクルステスはようやく気付いたと高笑いし
「ひゃっひゃ!そうだお前の身体を伸ばしてベッドのサイズにピッタリにしてやるわ!」
「えー・・・まじもんのやつやん」
「ピッタリじゃないと落ち着かないだろ?どうだ怖いか!?」
「怖いとかよりもドン引きやわ」
「ひゃっひゃっひゃ、そうはいっても引かれて伸ばされるのはお前の体やけどなァ!!」
「なに上手いこと言うてんねん」
プロクルステスがベッド脇の仕掛け用のレバーを動かすとレバー横の車輪が少しづつ回りはじめた。
───キシ・・・キシ・・・
鎖のきしむ音が部屋内に響く。その音に連動してテセウスの手足が鎖に引かれて少しづつ少しづつ引っ張られていく。
「どや!このままベッドと同じサイズになるまで引っ張ったるわ!」
「どやと言われても・・・」
───キシ・・・ギシ・・・ギギィ!
回っていた車輪が緩やかな動きになる。テセウスの体が伸び切った合図だ。
「ここからは体が裂けていくんや、ひゃっひゃピッタリになるの楽しみやなぁ」
───ギィ・・・ギィ・・・

───ギィ・・・ギィ・・・

───ギィ・・・ギィ・・・

「・・・?」
テセウスは一向に訪れない自身の体が裂けるほどの負荷に首を捻る。

───ギィ・・・ギィ・・・

「・・・?」
プロクルステスも進まないテセウスの破滅に首をかしげる。

───ギィ・・・ギィ・・・
───ギィ・・・ギギィ・・・バキッ!!!

何かが壊れるような音が響く。
装置をじっと見つめていたプロクルステスがその音が聞こえた場所を見ようとゆっくり首を動かす。
視線の先にはテセウスに繋がっていた両の手の鎖がベッドから外れベッド脇からぶら下がっていた。
「裂けへん・・・かったな?」
プロクルステスはその光景に呆然としていたが、テセウスの一言にハッと気づき慌てて再度ベッド脇に備え付けられていた予備の鎖をテセウスにつけようと動く。
それに気付いたテセウスはプロクルステスが動くよりも早く足の鎖も足を振るって千切ると、慌てて動くプロクルステスの後頭部を蹴り飛ばす。

「そうだ!あの小僧!」
気を失っていたプロクルステスは慌てて飛び起きようとしたが、上手く起き上がれない。
よく見たら自身の作成したピッタリベッドの鎖に両手足が繋がれてしまっていた。
どうやら自身が昏倒していた間にテセウスによってベッドに繋がれてしまっていたようだ。
「あのクソガキ、今度会ったら伸ばすんじゃなく小さいベッドにピッタリになるように短く刻んだる・・・!!」
そう固く決意したプロクルステスに耳障りな軋み音が聞こえる。

───キシ・・・キシ・・・

何の音だとベッドに横たわったままふと横に目を向けると
「ピッタリおじさん、ピッタリになってや!」
とテセウスの書置きが壁に貼り付けてあった。

───キシ・・・キシ・・・

プロクルステスは自身の置かれた状況を理解すると、誰にも届かない声にならない叫びをあげた。

「あれがアテナイの街かー!」
森を抜けたテセウスはついに目的地であった崖に沿って広がる大きな町並みと崖上の城を見やり、一気に駆け出していった。
とうとう目的の場所アテナイへとたどり着くことが出来たのだ。

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