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車イスの私が地域の小学校に入学した話

障害があり車イスの私が小学生になる前、地域の普通小学校にすることしか考えていなかった。
当たり前に地域の小学校に行けると思っていた。

なぜなら、病気を発症する前から通っていた幼稚園の隣に小学校があり「小学生になったらここに通うんだな〜」とずっと思っていたからだ。幼稚園の友達と一緒の学校へ行きたい。
その時の私には養護学校に行くという選択肢はまるで無かった。

だがしかし地域の小学校に障害児が通うの簡単ではない。なかなか障害児は地域の学校に受け入れてもらえないからだ。

私の母はまず学校に入学出来ないかお願いしに行った。あまりはっきりと覚えていないが教育委員会にも相談しに行っていたような気がする。

何度か話し合いが行われた上で、校長先生が直接本人と会って話しがしてみたいと言われ校長先生に会うことになった。

校長室に呼ばれ入ると、校長先生ともう1人男性の先生がいた。(後になって気づいたのだがこの先生はのちに担任の先生となる人だった。)

何を聞かれたのか細かい話は覚えていないが、ひとつだけハッキリと覚えている校長先生から聞かれた質問がある。

「この学校に通いたいかい?」

はい!通いたいです。私は迷うことなく答えた。すると校長先生は

「じゃあ学校を使いやすいように工事しておくから4月から通ってきてください」

そう言いながらにっこり微笑んでくれた。

私が通うことが決まり、もちろんバリアフリーではない小学校を私が使いそうなところを急ピッチで改修工事をしてくれることになった。

その当時の私はこのとんでもなくありがたい待遇をあまり理解していなかった。ただみんなと同じ小学校に通えるということが嬉しかった。

こうしてありがたい環境を用意してくれた地域の小学校に入学することができたのだ。改修工事してくれた玄関のスロープ、トイレの手すり、手洗い場など本当に使いやすかった。

同じクラスには幼稚園が一緒だった子も何人もいたし、男の子も女の子もみんな優しくてイジメなど一切なく過ごしていた。

むしろこれまたありがたいことに私の周りには常に人がいた。朝学校に行き玄関で上履きに履き替えている時にはもうランドセルはない。

私が教室に着くころには同じクラスの子達がランドセルを先に教室へ運んでくれて私の机へとしまって置いてくれている。車イスは誰が押すかで揉める(笑)図工の時間にはお道具箱が必要だが教室の奥にあるから取りに行けないから持ってきてくれたり、男の子達何人かで車イスを持って運んでくれたり本当に同級生には助けられた。感謝してもしきれないくらいだ。

担任の先生も本当にいい先生で恵まれていた。私はこの先生と校長先生がいなかったら、この学校に入学できていなかったかもしれない。
運動会にも参加出来るようにしてくれて、徒競走では私専用に土をならして車イスが走りやすいように作られた短めのコースで参加させてもらった。先生が張り切って土をならしてくれたもんだから走りやすくて私がまさかの1位を取ってしまった時は、なんだか他の子に申し訳ない気持ちになった(笑)

入院することもあったし、体力もそこまで無かったから一日ずっと学校にいるということは出来なかったけど1年生、2年生の時は学校が大好きで楽しかった。


6年間この学校に通うと思っていた。
3年生になってまさかあんな事になるなんて想像もしていなかった…

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