ゆっくりと時間をかけて感染するアルコール依存2

自分は大丈夫だと思っていた。

お酒なんか大嫌いだと思っていたし。

父がアルコール依存に陥ったその時から、世代連鎖の音が聞こえていたのに。

私はそんな自分を、見て見ぬふりして過ごしていたのだろう。

日常的な飲酒

お酒の味を覚えてしまった高校生のころは、とにかくお酒がないと楽しくない。

みんなで楽しく飲んでいる時が一番楽しく、また、自分の居場所がそこにある安心感を覚えていた。

そこから徐々に、依存への足音が近づいていたように思う。

友達と集まっているから楽しいのか、そこにお酒があるから楽しいのかなんて、どっちでも構わなかった。

気の合う仲間たちと交わす酒に、特別な意味はもたない。

限度が分からない私。
もちろん、たちの悪いタイプだ。
酒に酔うのはとても早いが、ザル。

どんなにちゃんぽん飲みをしても、酔いつぶれることはない。
体調が悪い時、一気飲みを続けてしまった時、それ以外は潰れた経験はないのだ。

酒で記憶を失ったことはないと言ったらウソになる。
しかし、ほとんどの記憶はある。

飲酒で吐いたのは、三回程だ。

一回目の嘔吐は17歳のころ。

青りんごサワーが、とっても美味しかった。
すきっ腹でつまみも食べず。
17杯をほぼ一気飲み状態。
店から出ると、道路で吐いてしまった。

この時の記憶はある。

二回目の嘔吐は、19歳のころ。

10杯くらい酒を飲んだ後に、眞露一瓶を一気飲み。
そのまま寝てしまった。
時たま目が覚め、その辺にある酒を飲む。

店の閉店とともに起き、帰りのエレベーターで酔いが一気に回った。
エレベーターを出てすぐに嘔吐。

その後、当時の彼氏がおんぶをしてくれたw
もちろん、この時の記憶もある。


三回目の嘔吐は22歳のころ。

仕事が忙しく、寝不足のまま、友人とお酒を飲みに行った。

この時ばかりは明日の仕事のことを心配し、三杯で済ませた。
帰ってきたと同時に気持ち悪くなり、洗面所で吐く。


・・・私のゲロ経験をここで語って、誰得??状態だがwww
私は酒で吐かない、吐くときは原因が必ずあるということを伝えたかった。


私の父は酒に強く、その血を遺伝したようだ。

どんなにちゃんぽんをしても、一気飲みをしても(三度くらいなら余裕)、酔っぱらったまま楽しく過ごせる。

具合が悪くなることもないし、すぐに酔うことを除けば、強い部類なのかもしれない。

震える手

19歳のころ、キャバクラで働いていた。

酒に強い私は、場内指名をもらってお酒を飲むという手法で稼ぐ。
本指名をしてくれるお客様は、私より酒の弱い人ばかりだ。
全くと言っていいほど、稼げない。

酔い潰れた客を横目に、勝手に酒を開けるのは道徳心に反する。

実際私は可愛げがあるわけではないし、男の扱い方も不慣れである。

対等にできることといえば、飲み比べしかないのだ。

週5日、毎日毎日飲んでいた。

20時から26時、忙しいときは朝方まで飲んでいたであろう。

このころはホストにどっぷりはまり、店が終わってから始発が出るまでの時間はホストクラブへ行き、初回荒らしをしたりしていた。

そんな生活をしていたある日。

いつも通り働いている店に入ると、両手が震えだした。

ぶるぶるぶるぶる・・・・

止まらない。震えが止まらない。

煙草を吸うためにライターを点けようにも、手が震えて点けられない。

ふと、目の前にあった焼酎のボトルに目が行く。

『これを飲めば止まるんじゃね?w』と、安易な気持ちで焼酎を飲んだ。

すると、あれほど震えていた手が・・・

焼酎を飲んだ瞬間に、ピタリと震えが止まった。

そう、これがアルコール依存症の始まり。
その警告。


この日から私は、お酒を控えるようになった。


アルコール依存症の父のように、人生を終わらせたくはない。
その一心で。

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