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小説6 <推し>がいるということ・上

好きなものがあって、好きな人がいて、応援したり、商品を購入したり、グッズを集めたりする。

大好きな人やキャラクターを、楽しく自分のペースで応援することは別に構わないのでは?とずーっと思ってきた。

誰かに趣味を押し付けるわけではなく、借金するわけでもなく、毎日の生活をきちんと送った上での楽しみを他人にとやかく言われる筋合いはない。

野球やサッカーなどのスポーツがよくて、ゴルフやハイキングがよくて、飲み会やカフェ巡りが良いのに、アイドルを追いかけたりキャラクターグッズを集めるのがダメだというのが、よくわからない。

それがたとえささやかな応援でも、人生を賭けたようなものであったとしても、わたし自身の<大好きな気持ち>に<推し活してるんだねー>と言われると違和感しかない。

27歳 独身

色々言いやすいというのはあるのだろう。

初めはあるキャラクターが好きになって、グッズを集め始めた時に感じた。

超有名なキャラクターではなく、偶然ショッピングモールで専門店に出会って、可愛くて買い物したことがきっかけ。

当時は自分でもこんなにハマるとは思わなくて、ぬいぐるみを買うのは躊躇して、その日は傘とハンドタオルを買った。

ちょうどクジをやっていて、<2000円以上購入の方はクジを引いてください>と言われ、引いたら可愛らしい大きさのぬいぐるみが当たった。

おまけのレベルを超えているその可愛らしいぬいぐるみを受け取った時、もしかしたら自分の人生が大きく動いたのかもしれない。

それまでも可愛いものは好きだったけど、自分から集めたりすることは少なかった。

<好きなものにお金をかけること>に違和感があったから。

でも、その日から少しずつ自分の意識が変わっていった。

少し遠いショッピングモールだったけど、その専門店があるから機会を見つけて通うようになった。

それまであまり買い物をしてこなかったので、最初は気が付かなかったけど、いくつかのことに気がついた。

季節ごとに新商品が出て、<いつか買おうかな>と思っていたものが商品の入れ替えで買えなくなること。

フェアなどの時に買うと、非売品のポストカードや缶バッチなどがもらえること。

常設店だけでなく、イベントがあってその時には色々な新商品が出るだけではなく、コラボカフェやフォトスポットなども用意されること、などなど。

よく考えられた展開だけど、その全てがワクワクをくれるし、楽しみでたまらない。

気がついたら部屋にはぬいぐるみがあふれ、ノートやペンや付箋やシール、そしてマグカップやタオルなどなど家にキャラクターがあふれるようになった。

本人は楽しいけれど、きっと他の人から見たら異様な風景なのかなと思う。

お買い物を楽しむためにもお金は計画的に確保しておくようになったので、生活もかえってきちんとしてきた気がする。

ブランドバックを買うよりは安い趣味だ。

何より買い物をしている時、ぬいぐるみやグッズを買う時、家に帰って収納したり飾る時、ぬいぐるみを持ってカフェなどに出掛けて写真を撮る時の幸福感。

もしかして夢中で何かを楽しんでいる人を揶揄したりする人は、他人の幸せが嫌なのかもしれないなぁとぼんやりと思う。

いつかもし熱が冷めても、生き物ではないのでグッズはお譲りしたりすることも可能なので、楽しんでいる人に余計なこと言わないでねって思ってる。

私にとっては活動ではなく生活の中の楽しみそのもの。

誰かと比べたり自慢したりしたいわけじゃない。

花を愛でるように、ペットを可愛がるように、キャラクターを愛してもいい。

そう振り切れた時から毎日が楽しい。

推しは探すものではなく、ある日突然落ちるもの。

推しの話、まだ続きます。



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