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④レッツノートとそれぞれの過去

後輩ちゃんとの面談は16時に設定した。
それまでに、ある程度は新人用の勉強資料をまとめてあげようと思っていた。

後輩ちゃんはひたすら新人の手引きなどの資料を読み込んでいるようだった。
多少暇なようだったが、熱心に資料を読み込んでいたので放っておいた。

俺は15時から1時間の予定だった会議が早く終わり、
席に戻ると後輩ちゃんが自分の席でPC(パソコン)を操作している。

「お、PC配布されたのか?」
「はい。もらえました!」
「OK。ある程度設定はどうだろう?」
「まだ何もありませんが…自分のアカウントでログインだけはできています!」

パナソニックのレッツノート。

うちの新人はこれをボロボロになるまで使う。
若手の内はスペックより、「軽いの」「壊れにくい」の二点が重要視されている。

「了解。アウトルックとチームス分かる?」
「えーっと。すみません。」
「大丈夫だよ。その辺の社内ツールの説明もするわ。今リソース空いている? 会議早く終わったから前倒ししようかなあって」
「すみません。えっと、りそーす…?」
「あぁ、えっとね。時間空いているかな?って意味だよ」
「あ、はい!大丈夫です!」

それから後輩ちゃんを連れて会議室に入った。
そこで、俺は大まかなチャットの仕方や予定の組み方などを教えた。

「よし。これで基本的な内容は大丈夫だと思う」
「ありがとうございます!」
「よかったな。」

そう言って、俺は溜まっていた別の仕事のチャットを見返していた。

「あの、はるのさんすみません…」
「ん?」

はるのは画面から目を離さず返事をした。

「私は何からしたらいいですか?」
「あ、そうだよね…えーっと」

正直うちの課が新卒を取るのは初めてだったので、
新卒の指導など体系的に決まったものがなかった。

どうしようかな。。
はるのは首を触った。思考する時の癖だった。

うちの課に最初に異動した時の事を思い出した。
あれは2年くらい前だったか。

「久山さんですよね?よろしくお願いします。はるのです!」
「お。よろしくな!」

俺は久山に指示された通りに前に座った。
荷物の整理を一通り終えて、何か指示があると思っていたが、久山はレッドブルを飲んだままPCを触っている。

俺はそんな久山に恐る恐る声を掛けた。

「あの、久山さんすみません。」
「お。どしたはるた?」
「あ、えーっと…その僕は何をすれば?」
「うーん。デジタル系の仕事は初めてだっけ?」
「はい。すみません…」
「じゃあ最初、議事録とろうか。」
「え?」
「議事録とって、会議の設定とか俺の手伝いやりながらちょっとずつ仕事覚えてもらえる?」
「あ…はい。」

不満だった。
29歳だった俺は若手の時に議事録なんてやってきたつもりだったからだ。
今更そんな新卒みたいな仕事をさせるなとも思ったが、楽でいいやと思った。

しかし、そう甘くはなかった。

デジタルの打ち合わせは、訳のわからない単語が飛び交う異世界だった。
英語の横文字も多く、心なしか社員の話すスピードも早かった。
打ち合わせが終わり、へとへとな俺に久山さんが追い打ちをかけた。

「さっき話した内容、分からない所多かったろ」
「はい。すみません。ちょっと質問をさせてもらえますか?」
「何について?」
「えっと単語の意味で○○なんですけど…」
「調べた?」
「え?」

久山は笑顔だが、目は笑っていなかった。

「調べて考えてみ。それを俺に伝えてからにしようか」
「あ、はい…」
「その方が早く覚えるっしょ? まずそれを繰り返して」
「そうですが…」
「30分後また打ち合わせだから、同席してね」
「え?スケジュール入ってな…」

俺は予定表でスケジュールをみた。
その時間に【B社提案資料打ち合わせ】と急に予定が入っていた。

「さっき入れた」

久山が笑っている。
90分の長丁場だった。まじかよ。

久山のいる、正面のデスクから仄かにたばこの匂いが香った。
デスクに置いてあるブラックの缶コーヒーを飲んだ久山が立ち上がる。

「テキトーに飯食っとけよ」

そう言って久山は席を外した。
なんなんだよ、あいつ。
俺はクソむかついた。でも歯向かえなかった。
俺はその年正社員になったばかりだった。
転職するにも正社員で少し頑張っておいた方がいい。耐えなくてはいけない。
俺は歯を食いしばって調べた。
気がつくと30分経っている。久山を探すと、遠くの方から俺を呼んでいた。

「おーい!はるた!次の会議、会議室Bな!先行くぞ」

くそ!おれははるのだよ!

次の会議も必死で議事録をまとめた。
やはり分からない単語が多すぎる。ヘトヘトだった。
これが配属初日かよと思いつつ、はるのは席に着いた。

「おい。はるた何してんだ?」
「え?」
「打ち合わせ」

いやいやそんなはずは!?と思ったが打ち合わせが入っていた。
18時からになっており、設定者は『久山』となっていた。
だから一言言えよ!と思いつつ、時計を見た。18時2分だった。

「会議室行くぞ。ついてこい。」

待てよと思いつつ、心のどこかで、この久山という男に興味を持った。
先ほどの会議でも久山はほぼ90分話しっぱなしだった。
会議で意見が割れたときは折衷案を出し、議論が詰まったときは打開策を出していた。
はるのが過去いた部署のおじさんたちよりもスマートで若々しくエネルギーにあふれていた。

すごい体力だな。
そう思いながら久山は会議の内容を確認した。

【1on1 久山×はるた】と書かれていた。
俺はスーツの上からでも鍛えている事が分かる久山の背中を駆け足で追った。

注意)
アウトルック:Microsoft社の予定表・メールなどが確認できるツール
チームス:Microsoft社の社内の連絡用チャットツール
リソース:ビジネス用語で「ヒト」「モノ」などの資源。この場合はシンプルに「時間」


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