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藤井聡太の文章力

 将棋の藤井聡太棋士は語彙力だけではない。彼は文章力があり、業界からも驚きの声が上がっているほどだ。将棋界でも文章上手な棋士たちが多い中、藤井棋士の文章力はトップクラスに入ると言われている。

 雑誌『将棋世界』の田名後健吾氏はこのように述べる。

< 「書くのに苦労した様子だったので手直しが大変かと思ったら、ほとんど完璧。こういうことはなかなかありません。」>

2018年6月号『日経おとなのOFF  おとなの語彙トレ』日経BP社 p.12

 一方で、国語学者の石黒圭氏は藤井棋士の文章を読んで驚きがなかったという。

< 山あり谷ありの展開のなかで一手一手を読む力は、言葉選びに通じると思います。藤井六段のように強い棋士が文章も上手なのはうなずけること」。>

前掲書 p.13

 その文章の内容とは、2017年4月に開催した「四段 藤井聡太 VS. 三冠 羽生義治の自戦記」のことだ。列挙してみよう。

「振り駒の結果先手番となり、序盤は角換わりに進んだ。今回の企画は全局振り駒だったが、先手を6回も引けたことはツキがあったかもしれない。穏やかな駒組みに見えるが、☖4一玉は妥協のない一着。というのも、先手に☗2五歩~☗4五桂の仕掛けを与えることになるからだ。後手からすると嫌な筋のように思うが、先手も跳ねた桂を☖4四歩~☖五歩で取りきられてしまうと途端に悪くなってしまうので、怖いところもある。仕掛けるか否か、こちらとしても決断を迫られることとなった」

「竜王戦では後手の渡辺竜王が完勝したが、仕掛け自体は先手が面白いのではないかと思っていた。「積極的に」という方針通り、すぐに決行しようかと思ったが、その前に☗1六歩と端歩を突くことにした。様子を見た意味もあるが、端を突き合えば攻め筋が広がるので、先手にとって損のない交換だ

「☖5六銀に対し、☗5四銀と繰り出してきたのも強気な一着。お互いの銀が中央で対峙し、再び戦闘開始の気配が高まってきたのを感じた」

「後手玉が風前の灯火に見えるだけに驚いたが、☗8三飛が受けに利いて、一気に決めるとなると難しい。残り時間の大半を投入し、最後の長考に沈んだ

「後のない羽生三冠は、☗6九金~☗3九飛と王手で迫ってきた。しかし詰みがないことは明白だ。☗4七角は鋭い王手だが、手順に8八まで玉を逃げ出して先手玉は安泰。☗3六角成に☖4五銀左か☖4四馬が、などと考えていた。しかし、次の手で自分の甘さを思い知ることになる

前掲書 p.12-13

 将棋に詳しい読者であれば、上述の対戦の中身を想像できるだろう。この文章を読む限り、藤井棋士と羽生棋士の将棋戦は熾烈な戦いであった。藤井棋士は相手の読みを鑑みながらも一手一手を指すたびに、自分の頭の中で詰めの甘さと反省すべき点を考えていることが理解できる。熟語や慣用表現に限らず、感情表現も取り入れて記述している。
 書いた内容を読んだ他の棋士たちも単に文章力だけでなく、将棋戦の局面を行う度に成長意欲を感じることが伝わってきたのだ。

 やはり、日頃から文学作品に親しむことが語彙力や文章力の向上につながる。お気に入りの作者の文体を真似て、自分のものにしていくことが望ましい、との結論に至った。

 藤井聡太棋士の今後のご活躍に注目していきたい。


<参考文献>

日経おとなOFF『おとなの語彙トレ』日経BP社 2018年5月6日号


ご助言や文章校正をしていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。