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「佐藤優教」の叔父さん

ワンパターン思考に陥る叔父さん

 人間は特定の人間と出会い、尊敬の念を持ち、師と仰ぎ、人生の励みにしていこうと考えるでしょう。それは悪いことではありません。しかし、特定の人物に極端に特化してしまうと、その人を価値基準とするため、他の人の意見に聞く耳を持たなくなるのです。狭い価値観に囚われてしまうのは危険です。

 私の叔父は元外交官で作家の佐藤優氏を尊敬しています。ファン歴は彼が作家デビューしてから10年以上経ちます。彼の著作を愛読しています。
 しかし、困ったことがあります。それは佐藤氏を「彼が一番素晴らしい」かのように語ることです。

 国際政治についてのニュースを見て話し合う時、叔父は決まって佐藤氏の話を持ち出します。「佐藤優さんが言うには、こういうことだ。」と。
 ウクライナ侵攻に踏み切ったロシアの戦略について、あるプラモデルオタクの若手軍事研究者の解説と見解に対し、叔父は「この若手研究者は外交やインテリジェンスの基本が分かっていないな。もっと佐藤さんの本やコラムを読め!勉強しろ!!」と説教じみたことを言います。

 はたまた、ウクライナ戦争の勃発に直面し、日本の安全保障に関する議論が過熱する中、沖縄の米軍基地の移設問題において例のプラモデルオタクの「失言」が月刊文藝春秋で論文として投稿しました。これに佐藤氏は「トンデモな理屈だ!沖縄に対する侮辱じゃないか!!」と激怒しました。叔父も呼応するかのように「そうだ!もっと佐藤優さんのコラムを読んで勉強しろ!!」とたたみかけたのです。

 私は国際政治については素人同然でありますから、これ以上の分析はできませんが、確かにプラモデルオタクの軍事研究者は外交の本筋のなんたるかを分かっていないようにみえます。外交は基本的に「人間対人間」です。人物に出会って交渉しなければ、どういう人柄なのかが理解できないからです。その意味で彼がウラジミール・プーチン氏の人物像を理解しているかどうかは疑問です。

 一方、佐藤優氏は外交官時代にロシアのモスクワで主任分析官として勤務され、プーチン氏に何度も対面したことがあります。外交官時代に築いたロシアの諜報機関とのパイプを太く持ち、ロシア人の論理をよく知っています。失職後も作家活動においてロシア政治に精通する良識ある専門家が書いた研究書やジャーナリストのルポルタージュを熟読して、常に最新の知見を得て複眼的な考察を行えるように研究を続けています。飽くなき知的探求心を持っており、ロシアをはじめとした国際政治に関する解説本や翻訳書を手掛けているのです。

 叔父の言動はまるで特定の人物に固執して、「○○主義」を掲げているようにみえます。これでは明らかに単眼的な思考で物事を見ているとしか言いようがありません。高齢になると、認知機能が低下して前頭葉が弱ってしまう傾向があります。

 精神科医の和田秀樹氏は次のように指摘します。

< 変化を好まないようになるとどうなるか。当然、行動もワンパターンになります。ぎくりとした方はいないでしょうか。
 こんなことをしていたら要注意ですよ、とわたしがよく挙げるのはこんな例です。
 ・外食をするのはいつも決まった店
 ・同じ作家や同じジャンルの本ばかり読んでしまう
 ・散歩やジョギングのコースがいつも決まっている
 ・髪型やおしゃれに気を使わなくなった
 思い当たる項目がひとつでもあれば、黄色信号です。>

和田秀樹『不老脳』新潮新書 p.46-47

 この中で、叔父さんは「同じ作家や同じジャンルの本ばかり読んでしまう」に該当します。正確に言うと、同じ作家ばかりの本を読みます。よく口癖で「もうジジイだからな。」と諦めがついたかのような言葉をかけ、頑なに変化を求めたくないからです。このようなワンパターンの習慣は前頭葉を弱らせてしまうので、叔父のような老齢を迎えた人と向き合う時は注意が必要です。

前頭葉を鍛えよう


 では、どうするべきでしょうか。和田氏は次のように提案しています。

 1. 「二分割思考」をやめる
 2. 実験する
 3. 運動する
 4. 人とつながる
 5. アウトプットを心がける

 これらの5ヶ条が前頭葉を鍛えるための習慣です。詳しくは本書に譲ります。では、「前頭葉型人間」であり続けるにはどうしたらよいでしょうか。和田氏はいくつかの例を挙げて、次のように説明しています。

< まず前提としては、できるだけ長く「現役」を続けられるなら続けましょう。「老害」と言われようとなんと言われようと、働けるうちは働いた方がよいですし、「余生」だの「老後」だのといった言葉で自分の人生を規定してしまうこともないでしょう(もちろんそちらがお好みならそれはそれでよいのですが)。
 なにせ高齢者が3割近い社会です。高齢者の方が高齢者の気持ちが分かるでしょうし、そこでヒット商品や新たなサービスが生まれる可能性だってあるでしょう。>

前掲書 p.150-151

 現役を続けることは前頭葉を劣化させないための習慣の一つといえます。常に社会参加を心がけることが重要になってきます。

< 前頭葉が活発に活動するのはわくわくドキドキする時です。
 本でも映画でも絵でも楽器でもなんでもいいでしょう。自分の人生を振り返って、なにが好きだったか、なにが得意だったをあらためて考えなおしてみれば、何かしらあるのではないでしょうか。もちろん、ギターに挑戦してみるとか、初めての経験も脳が喜ぶことです。
 ただし大事なのは、自分だけ楽しんで終わり、としないことです。
 インプットしたものはアウトプットしましょう。
 本を読んだら書評を書いてみるのもいいでしょう。それをSNSにアップしてみれば感想がもらえるかもしれません。ピアノを練習したら、発表する場を持ちましょう。野菜作りにハマったら、誰かに差し上げてみましょう。
 この時大事なのは、相手に「おもしろい」「すごい」「おいしい」と思ってもらえるかどうかです。自己満足だってしっかり脳内にドーパミンが放出されますから大事ですが、どうすれば相手にもそう思ってもらえるかを考えながら好きなことに打ち込めば、おのずとアウトプットの訓練になります。>

前掲書 p.155-156

 好きなこと、得意なことを究めることは前頭葉の機能を劣化させないための訓練になります。人生にとってわくわく・ドキドキするものがあれば楽しく生きることができるという前向きな思考になるからです。

 そして、認知機能を鈍らせないことも重要だと指摘しています。

< 70代になれば、前頭葉だけでなく、脳の他の部位も萎縮をはじめます。現実には、現役の会社社長だろうがボケてしまった無職の人だろうが脳のCT画像で見れば縮み方は同じくらいのこともあります。差が出るのは、脳を使っているかいないかです。萎縮しても認知症になっても、脳は機能するからです。
 脳のためにも70代は栄養をつけるべきです。特に肉を食べることをお勧めします。男性ホルモンが分泌されるので行動的になる、という好循環が得られる一方、動脈硬化も進んでくるので、水分をこまめに補給することも必要です。>

前掲書 p.178

 私の叔父さんもまもなく古希を迎えます。家族としては脳の機能を少しでも若々しさを維持できるよう、栄養をつけてほしいと願っています。肉食ばかりの料理だと腸に悪いですから、魚や野菜を含めてバランスのよい食事を手掛けることがカギになるといえるでしょう。普段は家で過ごすことが多いため、休日は誰かとつながることがありません。面倒なことを嫌うため、一人で過ごすほうが楽だからです。

 また、和田氏は政治や社会に関する本を読むとき、右派寄りであれば左派の本を、左派寄りであれば右派の本を読むことを勧めています。多様な価値観に触れることで脳の活性化につながるからです。

 佐藤氏は職業作家として書籍の短評を雑誌に寄稿する際、政治的・思想的に左派が書いた本でも右派が書いた本でも投稿します。物事を複眼的な視点で考察する習慣を積極的に行うことで柔軟なものの見方をなされています。

 私は叔父に佐藤氏以外の本や論壇誌、彼が書評を投稿した本を読んでみてと薦めてみました。しかし、一向に読もうとしませんでした。理由は「面倒くさいから」と言います。「やっぱり佐藤さんの本が良いのう。」と一点張りでした。

 叔父は画一的な思考習慣を長年やってきたため、そう簡単に変えられないのでしょう。これも前頭葉が弱っているといえます。叔父は国際政治とは関係ない一般企業に勤めていますから、仕方がないかもしれません。ただし、好みの専門家の意見に特化してしまうと、柔軟な思考ができなくなってしまいます。要するに、楽になろうとすればボケる可能性が高まります。

 読者は、叔父のようにワンパターン思考になって「頑固老人」と呼ばれないよう、複眼的な思考を身につけていただければと思います。

<参考文献>

 和田秀樹 『不老脳』新潮新書


ご助言や文章校正をしていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。