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『アートシンキング 未知の領域が生まれるビジネス思考術』【試し読み】

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『アートシンキング 未知の領域が生まれるビジネス思考術』
エイミー・ウィテカー [著]/不二淑子 [訳]
電通 京都ビジネスアクセラレーションセンター [編]

(以下、本文より抜粋)

 ビジネスでは、事前に商品の価値を把握し、値段をつけることが重要である。しかし、A地点にいるあなたがB地点を発明しようとする場合、最初にお金と時間と労力を投資した時点では、最終的にどんな成果を創造できるのか、前もって知ることはできない。
 これはビジネスの世界でイノベーションを起こそうとするときに直面する、最大のパラドックスだ。経済の大前提(効率性、生産性、事前の価値の把握)は、ビジネスという飛行機が巡航高度に達したあとならば、非常にうまく機能する。一方、その前提に従っていては、出発地点から飛行機を離陸させることはできない。つまり、離陸、上昇、巡航とたどるビジネスの軌跡において、離陸時と巡航時では、そもそも必要条件がまったくちがうのである。離陸時に必要とされるのは、創造的でオープンエンドな取り組みだ。それにもかかわらず、新しいビジネスを創造するときにまで効率性や生産性を求めるビジネス構造そのものが、イノベーションに必須な取り組みを阻んでいる。
 昔から、発明はビジネス理論の一角を担ってきた。一九四二年、経済学者ヨーゼフ・シュンペーターは、ビジネスにおける変化と改革の恒常的な必要性を説明するために、「創造的破壊」という用語を作り、「資本主義の命運を握るのは変化だ」と主張した。同じことを繰り返す企業はやがて倒産する。発明は生き残るための必須条件だ。新しいパターンを発明せずに、同じパターンを踏襲するだけでは、同じものしか得られない。考えてもみてほしい──その有益なパターンを最初に考案した人々が、なんだかわからない何かを作ろうと取り組みはじめたとき、テンプレートを使っただろうか? ほかの誰かが一億ドルの価値のある企業をスタートさせたからといって、その手法を真似たところで、同じ成果が約束されるわけではない。新しい手法の持つ力は、コピーした時点で薄れるものだからだ。
 変化と改革は長期にわたる成功に不可欠なものだ。エコノミスト誌は、経済成長を算出するときに、国内総生産(GDP)を基にしたアウトプットと、労働と資本を合わせたインプットの推移を調べている。GDPのうち労働と資本が寄与していない部分は、イノベーションに起因すると考えられる。アメリカとイギリスでは、その説明のつかない部分が、実にGDPの半分以上を占めている。同誌の考察どおり、「世界経済を回しているのは、資本や労働力の寄与ではなく、イノベーションだといえる」。
 別の言い方をすれば、企業を成長させるには、二つの方法があるということだ。一つは、ビジネスの巡航時に生産性の効率を極限まで高める方法。もう一つは、ビジネスの離陸時に発明という魔法を使う芸術的な方法だ。

ピンと鉛筆の話

 ビジネスの構造とオープンエンドなプロセスのあいだで生じる摩擦を説明するために、二つのエピソードを紹介しよう。前者は効率について、後者は価値についての話だ。
 一つ目は、経済学の父ことアダム・スミスが、一七七六年の著作『国富論』で書いた、ピン工場を訪れたときの話だ。一人の職人が一本のピンを作ると、一日に二〇本のピンを作ることができる。ところが、一〇人の職人で一本のピンの製造工程を分担すると、一日に一人あたり四八〇〇本のピン(実に、二四〇倍のピン)を作ることができる。分業はピンの製造速度を上げるのに役立つ。しかし、もっといいピンを作るときや、ピンを作る方法を一から考え出すときには、分業は役に立たない。これは「ピン」がなんであれ、同じことがいえる。
 二つ目は、経済学者レオナルド・リードの一九五八年のエッセイ『我は鉛筆』である。一本の鉛筆が作られる工程が、鉛筆の視点で魅力的に綴られたあと、「鉛筆の作り方を一から一〇まですべて知っている人間は一人もいない」と締めくくられている。鉛筆の製造工程に関わるすべての人々──木を伐り出す人、黒鉛を掘り出す人、窯で焼く人、ラッカーを塗る人など──の働きを結びつけているのは、経済学者ミルトン・フリードマンの言葉を借りれば、「価格システムの魔法」である。
 価格システムが機能するのは、価格が価値を反映すると信じられているからだ。しかし、これまでにない新しいものを作ろうとするときには、その価値を事前に知ることはできない。ピンと鉛筆の話は、生産効率性と市場取引のメカニズムについての説明にはなるが、イノベーションを起こそうとする──未知のB地点を発明しようとする──ときの、初期の混沌状態や試行錯誤の不確実性については語っていない。
 伝統的に、アートには、効率性という考え方に逆らってきたという長い歴史がある。写真の発明以来、絵を描くことは、あえて非効率を目指す行為と考えられてきた。
 さらに情報化時代は、そもそも効率とは何かという定義すら変えた。人気ファッションブランド、ザラは自社工場をフル稼働させない方針を取っている。シーズン半ばのトレンドに対応できるように、工場の五〇~八〇%をあえて休ませておき、各店舗から売れ筋商品のフィードバックを得てから、その商品に絞って集中的に生産するのだ。複雑な生産システムを状況に応じて調整する能力は、迅速な生産と同じくらい価値がある。


アートとデザインとクリエイティビティ

 デザインシンキング(デザイン思考)は、「モノやサービスを作るときにクリエイティブな考え方と手法で問題を解決するフレームワーク」である。アートシンキングは、デザインシンキングと共通する部分もある。特にコンセプチュアルデザインや思索的(スペキュラティブ)デザインが脚光を浴びる分野では、ちがいがわかりにくい。
 とはいえ、デザインシンキングとアートシンキングには、根本的に異なる点がある。デザインシンキングは、「外部からの依頼に対処するための問い」から始まるのに対して、アートシンキングは「個人の内部から発せられた問い」から始まるという点だ。一方は「これを実行するために最善の方法は何か?」という問いから始まり、他方は「これはそもそも可能なのか?」という問いから始まるといってもいい。デザインシンキングは、ユーザーへの共感やプロトタイプの製作を重視しながら、より良い飛行機を作るためのフレームワークである。アートシンキングは、何度失敗しても、飛行は可能だと信じるライト兄弟とともにある。
 あなたが発明する未知のB地点の世界がどれだけ偉大なものでも、どれだけささやかなものでも、アートであることに変わりはない。『フロー体験 喜びの現象学』と『クリエイティヴィティ フロー体験と創造性の心理学』の著者であるミハイ・チクセントミハイは、クリエイティヴィティを〝大文字のCreativity〟と〝小文字のcreativity〟に分けて、そのちがいを「ミケランジェロの偉大な作品と、普通の人々が作った見事なハロウィン衣装のようなものだ」と述べている。しかし、〝大文字のCreativity〟と〝小文字のcreativity〟が別のものであると考えていては、「アーティストは生まれながらの天才である」というステレオタイプな考え方から永遠に抜け出せない。失敗の理由を才能のせいにする口実を人々に与えるだけだ。チクセントミハイが説明した〝小文字のcreativity〟──我々の誰もが持っているもの──という概念は、すべての創造的作品が生まれる大地を説明しているにすぎない。
 もしあなたがまったく新しい何かを作っていたとしても、創造的プロセスに着手した時点では、それが〝大文字のCreativity〟になるかどうかはわからない。あのスターバックスでさえ、一九七一年にワシントン州シアトルで開業した当初は、〝小文字のcreativity〟の小さなコーヒーショップにすぎなかった。最初から〝大文字のCreativity〟を目指すことは、探求のプロセスを飛ばして、いきなり成果を求めることになりかねない。
 逆説的だが、アートシンキングの利点は、「どれほど努力しても結果はコントロールできないし、失敗するかもしれない」という考え方にある。少々冷淡に聞こえるかもしれないが、この考え方はあなたが何かに挑戦するときの「失敗許可証」となる。この許可証があれば、あなたは本当に重要な問いに取り組む自由を得られるのだ。
 本書で紹介する人々──作家、思想家、親、教師、企業家、科学者、映画制作者、アーティスト──は、市場経済に身を置きながら、クリエイティブな人生や組織全体をデザインする道を見つけた人々だ。芸術的天才の神話に比べて、彼らの人生には、数々の失敗がある。別の分野での才能があったり、小さなスタートを切るために長い時間をかけたりしている。彼らのビジネスモデルは、食うに困ったアーティストの機転や、誰もが価値のあるものを提供できるという信念から生まれている。
 なお、本書では、「ビジネス」という言葉は、経済的な組織形態全般を指している。そこには家庭内の活動も非営利団体も、小さな会社も多国籍企業も含まれる。「アート」という言葉は、人間の持つ探求力と独創力──その人らしい方法で考えたり作ったりする力──を指す。一般的には「クリエイティビティ」と呼ばれるものについても、あえて「アート」という言葉を使っている。人間性の持つ根源的な能力を表すには、芸術世界の言葉を拝借するのがふさわしいと考えたからだ。そして「作品」や「プロジェクト」という言葉は、報酬の有無にかかわらず、公的であれ私的であれ、幅広い意味での人々のあらゆる労力の成果を指している。

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