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挑戦と安定の狭間でいきる。

ふと、「挑戦すること」は「安定を捨てること」なのか?という問いが浮かんだ

次はこれやりまーす!というと

度胸あるね。すごいね。勇気があるんだね。

と言われることがある。

わたしは安定が大事だからできないや。

とも。

そんなときに思う。
べつに、わたしも安定してるで?と

安定も挑戦も大事。
安心安全の土壌があって安定しているからこそ、大きく跳び跳ねることができる。

挑戦と安定は相反するものではないし、
踏み出した先には新しい景色が広がっている。

ただそれだけ。

わたしはどちらかというと、
これはいけるという感覚がないものにはあまり手を出せない。

超安定志向。

リスクとか絶対取りたくない。
と思う方。

リスクがある状態だと、自分の心の声を聞けなくなったり、自由な思考が奪われてしまう。

だから、自分の身の回りの環境を安心安全で固めることが最優先。

お金のこと、寝る時間のこと、遊びの時間のこと。

ただ、それは、挑戦するための土壌づくりでしかない。
そこで飛び跳ねるための土台でしかない。

それを忘れると、ずーっと土の上でうずくまることになってしまう。

そういう時間も大事な時もある。タイミングもあるとおもう。

だけど、その状態に納得感がないなら、飛び跳ねてみればいいともおもう。


1人で飛び跳ねるのがこわかったら、
誰かと一緒にやってみたらいいとおもう。

そのために、うずくまっている顔を上げて、
周りを見回してみよう。

一歩だけ、足を踏み出してみよう。

そこに、あなたと一緒に飛び跳ねてくれる人がいるかもしれないから。


そして私は、身近な人の一歩踏み出した先に存在し続けたいとおもう。

大切な友達が、飛び跳ねてみたいと思った時に、"一緒に飛び跳ねてくれそうな人"として候補に挙がる存在でいたい。

大好きな人と飛び跳ねることほど幸せな瞬間はないから。

そのために、私の中で多様な選択肢を育んでいくんだ。

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