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怪談備忘録 第二十一夜 『金縛りから始まる怪異を信じづらくなった話』

これは数年前、私が初めて金縛りを体験した話。

それは平日の朝方の事、不意に私は全身が硬直している状態で目が覚めた。

意識ははっきりとしているのに手も足も全く動かす事が出来ない。目蓋ですら少し開くのが精一杯だった。

その状態にしばらく狼狽しながらも「これが金縛りというものか」と、初めての経験に少し嬉しい気持ちも混じりはじめた時だった。

ドンッ!!っとみぞおちの辺りに何かが落ちてきた。一瞬にして恐怖心が好奇心を払い除けた。

なんだ今のは…何が落ちてきた?

落ちてきたものはおよそこぶし大のもので、みぞおちに乗っている重みも感じられる。
何が乗っているんだという不安の中、それはやがてグイッと私の顔に向かって這い出した。

五本の指が胸を掴むようにして這い上がる感触を確かに感じた。それは恐らく手首から上の人の右手だった。「アダムス・ファミリー」のハンドや「死霊のはらわた」を想起する余裕は、その時の私にはなかった。

「ごめんなさい、ごめんなさい、許して下さい、お願いします、許して下さい…」

微かに息を吐く事しか出来ず、声にならない声でそう繰り返していた。何故謝っているかは分からないが、咄嗟に出てきた言葉は私の場合「南無阿弥陀仏」ではなく全身全霊の謝罪だった。

僅かに開いた視界に、白く微かに発光した指がモゾモゾと動くのが見える。私の謝罪も虚しくその手は、首元まで来るとそのまま喉に掴み掛かった。

恐怖にビクンと上半身が起き上がった。 もはや声は出せず、私の心の謝罪連呼がピークとなったところで、フッと全身から力が抜け金縛りが解けた。

喉を掴んでいた手は跡形もなく姿を消していた。

恐怖と息苦しさでゼェハァと肩が上下するのが落ち着いた頃、私は先程起こった出来事を反芻していた。

怖い夢を見た時もそうだが、私は恐怖が去った後にはそれを極力忘れないために、それを反芻する。子供の頃から恐怖というゾクゾクする感覚が好きなのだ。

冷静な頭で思い返すと、これが怪異ではない可能性に思い当たった。

確かに胸にこぶし大のものが落ちて来たのは不意打ちではあったが、手が這い上がって来たのは、私がその大きさから「もしかして、これは手ではないか」と想像した直後に「手」として這い上がって来たのだ。

私の想像の産物である可能性は大きい。

胸に何かが落ちて来る事は全く想像していなかった事だが、怪談看護師の宜月裕斗さんの限定ライブ配信「金縛りの真実」で聴いた内容には、胸が押さえらる感覚というものがあったので、その感覚をものが落ちて来たと感じたのかもしれない。

これを怪異体験とするのもアリだし、私が恐怖する対象に変異する妖怪に出会ったと考えるのもアリだと思うが、少なくとも自分が初めて体験してみて、金縛りから起こる怪異は目の端に映る幽霊と同じく、脳が起こすバグの可能性の方が高いと感じる体験だった……

……そんなお話。

■メモ■
私は幽霊としか思えないものを直視する体験もしているので、この体験をもって幽霊を否定するつもりはない。
自分の体験だけをもって全てを断じるのは愚かな事。
金縛りにあったのは、今のところこの一回だけだが、また是非体験してみたいと思う。

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