ねこがきた ⑤命名、ビビ(Vivi)
2020年の秋、庭に現れるようになった猫が気になり、日に何度となく庭に目をやる日が続きました。
そして、猫を目撃すると、そっと庭に出てみるのですが、
相変わらず猫の気配は消えてしまいます。
この猫について、不思議に思うことがいくつかありました。
まず、全く鳴きません。
色は茶色なのですが、大きさも、色合いも、見るたびに少し違うような気がして、もしかしたら複数いるのではないか?と思ったこともありました。
何とも、実体の掴めない、幻のような猫でした。
猫を見かけて庭に出た時、猫経験の薄い私の気持ちは「可愛い」というようなものではなくて、どちらかといえば「おそれ」に近いようなものでした。
姿は見えないけれど猫がどこかに息を潜めてこちらを覗っているかもしれない、と考えるとますます恐ろしく、私も息が詰まるような思いがしました。
それならむしろ積極的にアプローチした方が恐く無いのでは?と気がついて、呼びかけてみることにしました。
「ねこちゃん?」
と、声を出してみたものの、空々しいようでしっくりしません。
それに、あの猫は「ねこちゃん」なんていう感じのものでは無い、そういう気がしました。
その得体の知れない存在も名前をつけてしまえば、恐さが緩和するかもしれない、そう思って名前を付けることにしました。
私が、猫に積極的に関わる決心をしたのはこの瞬間かも知れません。
そうと決まれば、良い名前をつけたいと思いました。
できれば猫にも受け入れてもらえるような名前を、と思い、ネットで猫の名前について調べたところ、猫は濁音の入った短い名前を認識しやすいという情報を目にしました。
「濁音? ガ、ギ、グ、ゲ?…」
と順に考えて、
「ビビ」という名前はどうだろうと思いつきました。
この時点では、メスかオスかもわかりませんでしたが、ビビならどちらでも大丈夫そうです。この猫の目立った特徴が「ビビり」であることは間違いないので、ビビりの猫でビビはとりあえず覚えやすいし、人にも説明しやすいなと思いました。
ビビという言葉に何か悪い意味でもあるといけないと思って一応調べると、イタリア語のViviには「生きてる」という意味があることがわかりました。
それは、庭で見かけるたびに、ああ、まだ生きてた、良かった、とホッとしている自分の気持ちともぴったり重なって、とても良い名前のような気がしてきました。
うちの周りは、引っ越してきた20年くらい前から野良猫が多く、毎年のように子猫が生まれて、これまでも何匹もの猫の姿を見ることがありました。
何年か前の秋、今猫が潜んでいる同じ庭で、ふわふわの小さい三毛の子猫が夕方の光を浴びて毛をキラキラ輝かせながら無心に遊んでいるところを見かけて、しばし見惚れたことがありました。その光景は何ともいえない儚い美しさで、心に強く焼きつきました。
しかし、それを最後に、その三毛猫も、その猫の母猫と思われる猫も二度と見ることはありませんでした。
野良猫が生きていくのはとても厳しいということは、私も知っていました。
そんなことを思い出しました。
季節は、ちょうどあの子猫を目撃したのと同じ、秋の盛りを少し過ぎた頃になっていました。
🐈⬛つづく
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