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Twitter民は絶対に好きなやつ。新宿に建つ「塔」、あなたは賛成?反対?『東京都同情塔』〈レビュー〉

第170回芥川賞受賞作。授賞式で九段さんが「執筆にAIを使った」と明かし、話題になった。私はそれよりもこの小説に公式プレイリストが存在し、そこにラッパーのKOHHさんの曲が入っているという話に耳がピンと立った。ヒップホップには詳しくないが、KOHHさんの音楽は好んでよく聴いている。あれは文学だと思う。

え、読まなきゃ。ということで読んだ。プレイリストはSpotifyで作成・公開されていて、私はSpotifyを使っておらずApple Musicユーザーなので、横着してまだ聴いていない。すみません。

東京都同情塔。正式名称はシンパシータワートーキョー。新宿御苑にドーンと建つ予定の、超高層施設。小説の舞台は2026年。主人公はシンパシータワートーキョーのコンペに参加する36歳の建築家・牧名沙羅と、彼女と親しくしている、若いブランドショップ店員・拓人だ。

九段理江『東京都同情塔』(新潮社) 2024年1月17日

沙羅は思考がものすごくせわしい(そして口もせわしい)タイプで、タワーの構想を練りながら、こんな具合に頭の中の検閲者とやり合っている。

狂ってる。何が? 頭が狂ってる。いや、「頭」はあまりに範囲が広いか? 違う、むしろ狭いのだ。それに、「頭が狂ってる」と言うと、精神障害者に対する差別表現とも受け取られかねない。ここは「ネーミングセンス」くらいでいいだろう。じゃあ誰の? 誰のネーミングセンスが狂ってる? 日本人の。STOP、主語のサイズに要注意。OK、それなら「有識者」で——

なんとも令和的。ここまでのせわしさではないにせよ、脳に検閲さんを飼っている現代人はかなり多いのではないだろうか。そしてたぶんこういう文章は、(旧)Twitterの者たちとたいへん相性が良い(主語がでかい)。特に140字ギチギチツイートが好きな層。

ちなみにこの小説にはTwitterも登場する。すでに名称が変わっているようにほのめかされるのだけれど、Xという名前は頑なに出ず、Twitterで通されている。Twitterの者たち、安心されよ。九段さんはこちら側だ。

で、シンパシータワートーキョーが何なのかというと、なんと刑務所の代替施設。とある心理学者の発案で、犯罪者には社会的に恵まれない人が多いから、刑務所ではなくて幸福な暮らしを提供する施設に収容しようぜ……ということになったそうだ。犯罪者には「ホモ・ミゼラビリス(同情されるべき人々)」、非犯罪者には「ホモ・フェリクス(幸せな人々)」という新しい呼称もつけられている。

令和6年現在は正直、被害者が声を上げやすくなっていっている風向きで、加害者に同情しようという動きはまだやってきそうもないように思うのだけれど、未来はどうなるだろうか。沙羅はその辺の倫理観にはあまり関心がなさそうで、それよりも、カタカナ語ばかりが使われる風潮に違和感を抱いているらしい。

沙羅は新宿を見渡せるホテルに泊まり、塔の姿を思い描く。窓から見えるのは、ザハ・ハディドが設計した流線形のスタジアム。え!? そう、この小説は近未来ではなくて、パラレルワールドの日本が舞台なのだ。

こっちの世界線は、コロナもあったのに2020年にオリンピックを強行したらしい。マジかよ。

こうして沙羅は、ザハのスタジアムに調和する、究極に美しい塔の設計を目指していく。脳内の検閲者とやり合いながらしゃべりまくる沙羅と、ふわふわと物事を考えてしゃべる拓人との間で、1つの建築と2人の関係がこねくり回されていく。

授賞式で話題になったAIは、登場人物たちが調べ物に翻訳にと使いこなす「AI-built」として登場する。確かにこれは本物のAIを参考にしないとリアルにならなさそうだ。

ちまたではAIが小説を書くようになるかも? なんて話も聞くが、とんでもない。この小説がやっているのは、AIに小説を書かせることではなく、むしろ「小説ではないAIの生成文章を小説としてとらえる」ことだ。今のところ、AIの文章にはいかにもAIっぽい文体がある。それを小説の中でふんだんに使うと、なんだかそれはそれでそういうタイプの文学に見えてくる。

沙羅の言葉、AIの言葉、拓人の言葉、心理学者の言葉、塔に反対する人の言葉、賛成する人の言葉……。こねくり回して結論が出ない言葉たちがあふれかえる中で、未来はどこへ向かうのか? 本を閉じると、2024年の景色もちょっと違って見えてくる。


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