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坂と階段から散策してみる谷根千


※PDF版の方が画質良いです。そちらを読んでください。


1. 地形の魅力
谷根千は戦災を免れて昔の家屋が残っているというのもあってか風情が残っており、お寺など見学できる施設も多い。そのおかげでデートをする若者や外国からの観光客も見かける。最近では古民家をリノベーションしたお店やギャラリーができている。商店街にはお土産屋さんやコロッケ屋さんがあったり…。そんな街中をふらっと歩くのは気持ちが良い。
それにしても谷根千の魅力はどこにあるのだろうか。地理的な面白さが生み出す景観も散歩をより楽しくさせている大きな要素なのではないかと私は考えている。ここでは、地形の成り立ちを簡単におさらいし、坂と階段を散策ができるよう、個人的なお勧めスポットを紹介していきたい。また、google mapに坂のピンを立てて公開しているので散歩のお役立ちになれば良いなと思っている。

2. 川が形成した台地の割れ目
まず、東京の市街地は武蔵野台地と呼ばれる「台地」とその麓に広がる「東京低地」にまたがって広がっている。下の図では緑色の部分が「台地」で、灰色の部分が「低地」である。両者は10~20メートル程度の比高を持ち、境界が断崖上なので明瞭に区分することができることが特徴となっている。

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(東京の台地と低地と川と…。)
前ページの地図を見ると、台地の割れ目に川が流れていることがわかる。これは川によって台地が侵食されたためである。多摩川は大田区や川崎市あたりで低地を形成していることが読み取れる。荒川と隅田川だけは台地の外側に位置している。
さらに都心にフォーカスして拡大してみたのが以下の図で、台地の隙間がわかる。小石川、藍染川は暗渠になっている。


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(台地の割れ目に流れる都心の川たち)



上野台の東側はまさに断崖となっており、その高低差を利用して京浜東北線が敷設されている。そんななか、谷根千は武蔵野台地の一番端にある上野台と本郷台の隙間に位置している。以下の地図の赤で囲んだ地域が谷根千である。この両大地の隙間には藍染川によって削られて形成された低地となっている場所があり、そのせいでこの地域には高低差が生まれ、坂や階段が多く存在している。
ということで、谷根千は「山の手」の一角に位置している。しかし、それでいて「下町」としての風情が残っているというのが面白いところである。ちなみに地形的には一般的に「山の手」とは台地のことで「下町」は低地のことを指している。武家屋敷やお寺は台地、町人や職人は低地に住み分けがされていた。その両者が入り混じっているのが谷根千だといえる。

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3. 上野台の坂と階段など
おすすめの坂を北側から順に紹介していく。


☆ ひぐらし坂(西日暮里)
開成高校の脇に入ったところにある坂。坂を登った先には電車がよく見える眺めの良いスポットがある。戻るときは線路沿いに帰ってくるとの充実感を味わえる。

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(坂を登り切った先の風景その1)   (坂を登り切った先の風景その2)


☆ 西日暮里駅前歩道橋
歩道橋に登ると、この道が切り通しであるとよく分かる。ここの台地の部分は非常に薄くなっているので山っぽくなっている。だから道灌山と呼ばれているのだなあと思わず納得してしまった。地形的にはとてもわかりやすい場所だ。縄文時代はこの台地の断崖の下は海だったそう。

☆ 地蔵坂(西日暮里)
諏方神社の脇にある坂。西日暮里駅の北側から登ってくることもできる。電車を撮影するならとても良い場所。至近距離で山手線と京浜東北線をパシャっとすることができる。ちなみにここは諏訪台とも呼ばれているようだ。

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(歩道橋から眺める道灌山の切り通し) (地蔵坂からの眺め)

☆ 富士見坂(西日暮里)
つい数年前までは富士山が見えたらしいけど…。マンションが建ってしまったんだそう。富士山は見えなくても、つい歩きたくなる勾配の風情感じる細い坂なので必ず行くべし。上野台の中でも薄い壁のような地形になっていることが本当によく分かる。

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☆ 夕やけだんだん(谷中)
谷中で一番有名な階段と言ったらここ。確かに夕焼けが似合うな…。商店街でコロッケを食べたり、素敵な喫茶店があったり、トルコランプ作り体験をしたり、お土産を買ったり。ここが一番、楽しめるメインストリート「谷中銀座」である。「やなかしっぽや」の猫の尻尾に見立てた棒状のドーナッツを食べるのがいつも楽しみである。階段の手前から「質屋おぢさん」がいつも目に入る。「おぢさん」なのがポイントだ。

☆ 蛍坂(谷中)
谷中区民館と防災広場の脇の階段と蛍坂もお気に入りだ。坂を登って狭い道を抜けていくと築地塀という一風変わった塀が残っている。写真を用意したかったが省略…。

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(夕やけだんだんは賑わっている)  (蛍坂を上がった所にある築地塀)

☆ 三崎坂(千駄木)
谷中の坂では広い道で有名な坂である。別名は首振坂というらしい。この坂を登ると谷中霊園にたどり着く。道の途中には喫茶店や飲み屋さんがあったりもする。カフェ猫衛門というお店が個人的にお気に入りだ。


☆ギャラリー猫町あたりの石垣
  

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(ちょっとした壁だ…) (猫町の上から)


☆へび道
藍染川の暗渠を散歩するなら、へび道が面白いだろう。その名の通り、不思議なほどくねくねした通りである。自然の川の流路はこんなにも曲がるものなんだなあと実感できる。へび道の南の方は下町っぽさが残っている古民家があったりもする。狭い路地裏差探索してみるのも面白いと思う。

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(へび道と猫町の付近)

☆ 三浦坂(根津)
割と急な細い坂道で、車も通るが狭そうにしている。坂の途中にある「ねんねこ家」という古民家カフェは居心地が良く、何時間でもいてしまいそうな寛げるお店だ。三浦坂を登るとヒマラヤ杉という立派な木がある。

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(三浦坂からの眺め)  (ねんねこ家のにゃぽりたん!)


☆ 善光寺坂(根津)
もし散歩するなら善光寺坂よりも、善光寺坂の脇にある小さな道がお勧めだ。その道はお寺の境内につながっている。
  

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(ヒマラヤ杉) (善光寺坂の脇道にある階段)


☆ 紅葉坂(谷中霊園)
日暮里駅を出て谷中に向かうと谷中霊園への入り口となる階段がある。そこを線路沿いに進むと、紅葉坂がある。

☆ 芋坂(谷中霊園)
芋坂は谷中霊園の中から山手線の向こう側に行くための道である。現在はJRの線路によってぶった切れているのでその一部は「芋坂跨線橋」となっている。実はこの坂を下ったところに羽二重団子のお店がある。団子を買ったときについてくる栞には、「ここ音無川のほとり芋坂の現在の地に「藤の木茶屋」を開業し、街道往来の人々に団子を供しました。この団子が、木目が細かく羽二重のようだと称され、それがそのまま菓名となって、いつしか商号も「羽二重団子」となりました。」と紹介されている。夏目漱石の『吾輩は猫である』など、名だたる文豪たちの作品にも登場するようだ。

☆ 御隠殿坂(谷中霊園)
谷中霊園で鶯谷に近い側にある坂。これも芋坂と同じく山手線の向こう側に行くための道であり、跨線橋になっている。

4. 本郷台の坂と階段など
ここら辺は雑木林が多く千駄木山と呼ばれていた。豊富な水が湧いていたらしい。

☆ 狸坂(千駄木)
 坂の上の一帯は狸山と呼ばれていた。諏方神社のお祭りが終わったあと、どこからともなく「里ばやし」が聞こえてきたという。それを狸のしわざだと言ったのが由来らしい。他に、狢坂、狐坂など動物の名がついた坂がある。

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(狸坂の近くにあるきつね坂と階段)  (須藤公園の池は藍染川に流れていたそう)


☆ 不忍通り
千駄木から不忍池まで車のビュンビュン行き交う大通りである。藍染川は大まかにだが、この通りに平行するような形で流れていた。



☆ 薮下通り(千駄木)
団子坂の途中から南に延びている通りであるが、ここには階段が多くある。不忍通

りは藍染川の削った底にあるが、この薮下通りは一段高い所に位置している。

☆ しろへび坂(千駄木)
森鴎外記念館の近くにある。ここも地元の人しか通らなさそうな狭い坂である。

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  (しろへび坂) (おばけだんだん)

☆ だんだん坂(千駄木)
自分が行ったときはたまたま工事中だったので写真なし。これも狭くて地元の人しか使わないようなところで、なかなか良い坂。

☆ おばけだんだん(千駄木)
だんだん坂を登った突き当たりを左に曲がるとおばけだんだんがある。こういう細くて光と影のコントラストが見えてくる坂は心惹かれる。名前は似ているけれど、おばけ階段とは別物。近い地区に「おばけ」という名前がつく場所が2つもあるなんて…。そんなに「出る」ところなのか…。下ると千駄木ふれあいの杜がある。その名の通り、気が生い茂っていてその中を歩くことができる。

☆ かいぼう坂(根津)
日本医科大学付属病院の脇にある坂。ここを通る人はみな解剖されてしまうのか…。『吾輩は猫である』の猫が駆け上がっていった坂らしい。

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(眺めは良いです)

☆ 根津神社
坂では無いが、高低差のある鳥居の道をくぐりながら歩くのも乙なものである。入り口付近で「焼きかりんとう」が売っている。あれは美味しい。昔、池の水は藍染川にそそいでいた。そして、この辺りに遊郭があったんだそうだ。

☆ 新坂(権現坂・S字坂とも)
根津神社の入り口にある坂を登っていくと新坂となる。S字のカーブがこれまた坂マニアにはたまらないだろう。この先にどんな風景が待っているのか想像してしまう。森鴎外の『青年』という小説の中で「坂はぞんざいにエスの字を描いて曲がっている」と書かれているらしい。
   

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(伏見稲荷みたいな感じの鳥居たち)    (まさにS字の坂だね)


☆ おばけ階段(根津)
実際に行ってみると、人がいない雰囲気だ…。色んな怖いお話があるようで、とにかく怖がられているということだけはよく伝わってくる。墓石が使われていただとか、左側の階段がなぜか行き止まりになっているとか、途中で行き倒れた人がいただとか、数を数えると死ぬだとか…。上りと下りで段数が違うだとか。

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(おばけが出るぞぉ〜。)

☆ 異人坂(根津)
おばけ階段を登って南に行き、そのまま降ると異人坂になる。この坂もなかなか風情があって面白い風景を成している。歩いていてわくわくする坂なのである。

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(この二手に分かれる感じが好き)

5. 藍染川

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5.1由来と成り立ち
上流では谷田川とも呼ばれている。根津の近くには現在も染め物屋さんがある。もしかしたら、由来はそこから来ているのかもしれない。上野台と本郷台を2つに分ける谷を形成した藍染川も、現在は暗渠となっているが、かつては上野の不忍池に注ぎ込んでいたようだ。
源流がどこにあったのかは少し不思議な話になる。ずっと昔は石神井川から流れていたそうだ。だから藍染川は旧石神井川とも呼ばれている。上の地図を見ると台地の裂け目が王子あたりまで続いているから、どう考えても石神井川と繋がっていたとしか思えない。しかし、どこかの時点で流路が変わったらしい。その後は染井霊園の長池が水源となったというのが定説である。
現在、石神井川は王子駅の脇にある音無渓谷から隅田川に注いでいる。その隣には切り通しのような道があり、都電がそこを頑張って登ったり降りたりしている光景を見ることができる。なぜ飛鳥山公園の脇を通って隅田川に流れ始めたかについては諸説あるらしく特定はできなかった。人為的に切り通しを作ってそちらに流し込んだのか、河川争奪が起きたのかについては様々な文献でいろんな説が提示されている。
5.2放水路
かつて京成線の高架沿いに藍染川のもう一つの流れがあった。大正時代に作られた愛染川放水路である。現在は暗渠になっており、愛染川通りと呼ばれている。治水のために西日暮里駅あたりから、あの道灌山の切り通しのあたりをぶち抜いて放水路を通したということである。放水路開通後は道灌山下から下流の藍染川本流はどぶ川になったそうだ。いまは下水幹線としての利用であり、三河島下水処理場で処理されたのち、隅田川に注いでいる。谷中からは離れてしまうが、線路下を散歩するのも悪くはない。昔はガード下に工場があったり飲み屋があったという話も聞いたことがある。

5.3音無川
一方で、上野台の断崖の下を流れていた川もある。それが音無川である。音が無いというくらいだから、そんな水量のある川ではなかったのだろうと推測する。

5.4暗渠散歩
藍染川が大好きな暗渠マニアも少なくはないようだ。へび道だけでなく、王子駅から不忍池までがっつり暗渠を散歩するのも楽しみ方の一つだ。暗渠といえば路地裏にあるのが定番だが、藍染川に関しては商店街のメインストリートの道となっているなど、割と賑わっているのが特徴だ。また、「谷田川通り」という名前や「谷田橋」交差点、「霜降橋」交差点など名前としても残っている。そのような痕跡を見つけたときの喜びが暗渠探索の面白みといえる。上流に行くと欄干が残されているところもある。

6. その他、散歩

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(田端駅前の不動坂) (田畑の切り通し)


☆線路沿い
山手線の線路沿いも悪く無い。仕事終わりの夕暮れどき、田端駅から上野駅にかけての鉄道沿いを散歩して帰るのも悪く無いだろう。ちなみに山手線に踏切は一つしかない。これは、地形の高低差を上手に利用したり、線路橋を設けているからだ。鶯谷駅前や上野駅北の跨線橋を歩くと地形の利というものが分かる。

☆トレインミュージアム(日暮里駅前)
Google マップには以前、「トレインミュージアム」と紹介されていたはずなのだが、誰かがふざけて変えたのか、いつの間にか、「鉄道オタクの溜まり場」という名称になっている。ここでは小さな子供たちが親と一緒に線路を覗き込んでいる姿を見かけることができる。

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(トレインミュージアム)


☆谷中霊園
谷中霊園をふらつくのもおすすめだ。有名人のお墓もある。例えば渋沢栄一、徳川慶喜、鳩山一郎など。トイレもあるから散歩の途中で立ち寄れる。

☆初音小路
飲み屋さんが集結しているところ。一度行ってみたいけど、入る勇気がなくて…。

☆個人的に食べ物・飲み屋さん
「金澤亭」はイタリアンなうどんを提供するお店。口の中で異文化交流が起きて衝撃だった。西日暮里にある「小鳥」という小さな飲み屋さんもよかった。吉田類の酒場放浪記で紹介されていたお店。マスターの無愛想だけど優しい感じが好き。

☆銭湯
散歩で歩き疲れたら家に帰る前にいつも寄るのが「斉藤湯」と「萩の湯」である。リニューアルオープンされて綺麗になった「斉藤湯」も良いし、「萩の湯」も新しい銭湯である。

☆寛永寺坂駅と博物館動物園駅
京成線に乗ったことのある人であれば、上野を出発してしばらくの間、トンネル内を走っていることを思い出せるだろう。昔はその間に駅があったそうなのである。その一つが寛永寺坂駅と博物館動物園駅である。現在も建物が残っているらしい。
7. 散歩マップ
「谷田川・藍染川・忍川・鳥越川 google マイマップ」と検索して、スマホのgoogle mapに取り込むと、暗渠がどこにあるか分かる。こんな便利なものを作ってくれたマニアの方には感謝するしかない。また、「https://goo.gl/maps/T8m41yuu5B7wcyb96」にアクセスすると谷根千にある坂と階段の場所をgoogle mapに取り込めるように公開している。こちらは自分が作ったものである。かなり頑張って作ったので是非活用してほしい。

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8. 最後に
たまたま入った路地裏で見つけた階段だって一つ一つ名前がついているわけではない。今回、紹介しなかった坂もある。だから、ぜひ気になったら自分の足でお気に入りの風景を見つけてほしいと思う。谷根千は夕暮れどきというイメージがあるが、色んな時間帯に散歩する事でまた見える風景も変わってくるのかもしれない。ここで紹介したのはあくまでも個人的に好きな場所というだけである。この文書は、ほげほげざえもん(Twitter: @HariBonKun @bon_hari)が作成した。自身の専門外であり、内容が厳密でないことはご承知おき頂きたい。





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