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ブランディングは、ここからはじまった クリエイターズネットワーク #4:芦谷正人氏

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村上紙器工業所の仲間であり友であり、師匠でもある、素敵なクリエイターたちをご紹介します。じぶん(自社)をセルフプロデュースすることからはじまり、ブランドという言葉に出会い、クリエイターとの接点を広げていこうとしたことが、いまの村上紙器工業所の製造業らしからぬポジショニングをつくっていったと言えます。

株式会社DRIVE
芦谷正人氏
クリエイターズネットワーク #4:芦谷正人氏

いまから14年ほど前にはじめて受けた「ブランディング・デザイン」のセミナー。そのときの講師が、芦谷さんでした。
最初、世の中にこんな考え方があるんだと衝撃を受けたのを今でも鮮明に覚えています。
それが、ブランディングとの運命的な出会いでした。
ここから製造業にはなかった、ブランディングやクリエイティブとの関わりがはじまりました。

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ウチは製造業でも典型的な町工場で、下請け的な立場でした。
技術的には良いものを作っていたつもりでしたが、やはり印刷会社やパッケージ会社などの下請けが多く、自分で提案したり価格のコントロールが出来ていませんでした。
技術はあるのに、何かモヤモヤした感じをずっと持っていたように思います。

私は元々この業界とは全く違う世界にいたので、業界人とは少し違った考え方を持っていたのかもしれません。ブランディングに出会ったときに、「これだー!!」と頭に電気が走ったように感じました。笑

日本では、「製造業=ものづくり」は匠の技みたいな持ち上げ方をされます。しかし、町工場レベルでは単なる「下請け」で値段を叩かれて必死にやってる。というのが現実です。

ブランディングやデザインに出会ったとき、目の前の霧が晴れてきたような感覚でした。そこから、デザイナー・クリエイターと言われる人々との交流が始まりました。

クリエイターの展示会に参加したりと最初はお金にはなりませんでしたが、デザイン・クリエイティブの感覚にどっぷりと浸かる日々。お金にならないのに、ワクワクする日が続きました。
それらがあったからこそ今につながっていますし、自分ではデザイン経営なんていう感覚はありませんが、これが世にいうデザイン経営なのかもしれません。
芦谷さんとの出会いは、それくらい意味のある出会いだったのです。

詳細なインタビュー記事は、こちらをご覧ください。

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