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あの花畑で

おいでませ。玻璃です。

中学生の私の帰る時間はバラバラだ。
学校からまっすぐ帰る日もあれば、友達と遊んで暗くなって帰ったり、塾で遅くなったり。
どんな時間に帰っても、私が玄関横に自転車を置くと

ジャラジャラ…。

首輪についた鎖の音をさせてトミーが小屋から出てくる。

「トミー、ただいま~。」

私はトミーの頭を撫でて家に入る。
小学生の時は散歩に連れて行っていたが、中学生になると基本的に自分の事しか考えていないので、散歩は父か母の役目だった。

ある日、同じように自転車を置いて小屋の前を横切ったのに鎖の音がしない。

「トミー?」

小屋を覗いてみると、伏せの状態で前足に顎を乗せてチラリと私の方を見上げる。

「どうしたん?」

私は不思議に思いながら玄関に入る。

「お母さん、トミーどうしたん?」

「お帰り。なんかね元気がないんよね。息が苦しそうなんよ。ずっとえらそう(辛そう)やから病院に連れて行こうかね。」

次の日、またトミーは出てこない。

「ただいまぁ。トミー病院に行った?」

「玻璃ちゃん、トミーね、蚊に刺されて病気になったんやて。」

トミーはフィラリアに罹っていた。
今はフィラリアの予防薬が普及しているが、当時は狂犬病の予防接種くらいで、エサも人間のご飯の残り物という時代だ。

我が家はお墓の前だし蚊も多い。
きっと悪い蚊に刺されたのだろう。

「トミー死なんよね?」

「ん~・・・。」

私は母の次の言葉を聞くのが怖くて二階に駆け上がった。
その日の夜は脳が麻痺した状態で、涙が止まらず、ただただ布団が重く感じて眠れなかった。

次の日、学校から帰るといつもの場所にトミーは居ない。
嫌な予感がして家に駆け込むと、裏口から抜けた工務店の事務所から母の声がした。

行ってみると毛布を敷いた上にトミーが苦しそうな息づかいで横たわっている。

「トミー!」

「外は可哀そうやから、ここで寝かせてあげようね。」

翌朝、学校に行くのが嫌だった。
このままトミーと会えなくなる気がしていたから。
母に諭されて何とか登校し、慌てて帰宅した。
トミーは朝よりも呼吸が弱くなっている。

そして、数時間後に息を引き取った。

明日には保健所の人がトミーを引き取りに来てくれるということだ。
その日はこんなに涙が出るのかというほど泣いた。
お風呂に入っている時も、シャワーよりも私の涙の勢いの方が勝っているようだった。

次の日、トミーを見送るために学校を休んだ。
引き取られていくトミーの姿は40年経った今でもトラウマとして残っている。

その日からしばらくは海の底に沈められたように息苦しく胸を潰されるような思いで過ごした。
まだ、「ペットロス」という言葉がない頃。
自分より弱い守るべき存在を、生まれてはじめて失った気持ち…。
整理するのがとても大変だった。

トミー享年5歳。人間でいうと36歳くらい。
早すぎるお別れだった。

私が大人になって、娘にせがまれて飼った愛犬マロンは17歳で虹の橋を渡っていった。
マロンが道に迷わないように、きっとトミーが迎えにきてくれただろうな。
そして見たこともないような、きれいなお花畑を一緒に駆け回っていることだろう。

ではまたお会いしましょう。




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