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傘の泣く街

私に傘は要らない気がする、と言って
女は前髪を濡らしながら最寄りの駅へ向かって
消えていきました
女が握りしめていたハンドバックがワインレッドに光りました
きっと高価な代物であったのだろうけれど
雨は容赦なく
女とその大切なものたちに降りつけていたのです

傘は泣きました
それは、役割を全うできない悲しみ
なんて、有体な理由ではなく
濡れた彼女がこの街で一番美しかったからです
彼女の喜びと呼ばれるもの全てを
奪っていたのは自分自身だったかも知れないからです
ここのところ、街には泣き崩れた傘が溢れて
道は朝も夜もぬかるんでいます
雨はスコールのように前触れもなく
人々を覆い隠してしまうのです

この街に降る雨は
いつも鉄の匂いがします
傘は泣いています
無責任な街で傘だけが
ずっと誰かのために泣いています

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