冤罪という人生

 1966年の事件で強盗殺人罪で死刑が確定していた袴田巌さん(87)。検察は最高裁への特別抗告を断念し、袴田さんが無罪となる公算が大きくなった。どれだけ長く、どれだけ辛い日々だっただろうか。紙面の「57年間」という文字に沈思黙考する。
 
 私は日々、高齢や障がいで外来に通院が難しい方に対し、ご自宅や介護施設へ訪問診療を行っている。その際、私が必ず目を通しているのは、フェイスシートだ。そこには本人や家族の希望、家族構成やこれまでの人生が詳細に綴られている。介護職種間だけではなく、利用者に関わるすべての職種間で正確な情報を共有し、より良いケアに繋げるのことが目的だ。1人として同じ人生はなく、壮絶な人生を送ってこられた方も多く見受けられる。私からするとすべての患者が人生の大先輩たち、長い人生の道のりを拝読すると尊敬の意が湧いてくる。かける言葉も自ずと使い分ける。多くを語らない人もいれば、話し出すと止まらない人もいる。
 
 そう考えると、袴田さんのフェイスシートはどう綴られるのだろうかと気になった。57年の苦悩は数行では表しきれないだろう。そういった人を前にしてどう声をかけたら良いのか考えると、私は閉口してしまう。

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