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先輩、部活辞めるってよ。

マジで今も思い出すと苦しい
1回生最後の苦い記憶

小さな間違いを重ねると
大きな罰を受けることになる
あの人に誰も味方がいないと思うと
ものすごく苦しかった
どれだけ言葉を重ねても届かなかった
絶対に辞めて欲しくないと思ったのに

週末に例の調整が始まった
私はいつものようにペアの先輩の後ろに移動しようとする

師匠の後ろで射つと何だか安心する
精神的な安定の軸だった

「今日は立ち位置、上で決めてるから、並べ」
そう言われて、あっ…と気がついてしまう

調整が終わり長い昼休みになった

練習終わり△△先輩は帰ってこなかった

「主将が部室に入ってきて大事な話がある
学年別に呼ぶから待機してて」

あ〜…ヤバイ。と確信した。
お昼ご飯を食べる気がしなかった
これから起きることが分かって気持ち悪い
同期の女の子たちは「どしたん?」とずっと背中をさすってくれた

△△先輩は実際の記録と記載された記録が違っていた、改竄だ。
8点を9点に。7点を8点に。
そんなふうにズルをしていた。

それを証明するために今日の調整では
4年が△△先輩の的を監視して
こっそりと記録を付けていた

これはどういうことか?と
照らし合わせて確認されて
不正を認めた


まずは上級生から呼ばれて仲間としてこれから一緒にやっていけそうか確認されたらしい

前から問題の多い人だった
下級生に厳しくてペアになった後輩の同期も辞めてしまった

すごく気分屋だったし気難しい人だった
気性も荒いタイプだった

でも悪い人じゃないことも知っていた
意地悪だけど一応練習の面倒を見てもらったこともある

不正をしてまで試合に出たかったのだろう
そこまで出たいか?試合、あんなに怖いのに
不正、絶対に許されない


私たちの代が呼ばれた
合宿で見かけた先輩やコーチも来ていた
「久しぶり〜」とこれからする重たい話とは真逆の態度を取るOBたちに会釈して着席する

報告を受けてそれぞれどう思うか聞かれた

「不正はダメだと思います。けどこれって1発アウトですか?謹慎とか何か方法無いですか」
「退部までする程のアカンことですか」
「もうちょっと何とかなりませんか?」
「もっとこれからのこと話して欲しい」
同期たちが口々に言う
みんな割と口が立つ方だ

ずっと黙っていた私にも意見を求められる

「外堀まで埋めてから…退部突きつけるって逃げ場なくないですか?やりすぎじゃないですか?」

ペアの先輩たちが座る方を向いて問いかけた

「先輩たちはそれでいいんですか?もう何年も一緒にやってきた同期でしょ?なんで守ってあげないんですか?誰だって間違えることあるでしょう…」

「もう一度処分を考えて欲しいです」
どんどん声が出なくなっていく

私がそういうとペアの先輩が「△△が不正してなかったら試合に出てたの別の子なのよ、あなただったかもしれないの!」と私を真っ直ぐ見て言う

その言葉にビクッとなり思わず椅子に座る
怒られたわけじゃないのに
事実を突きつけられただけだとは分かっている


コーチが溜め息をついて
「庇うのは下級生だけだな」
「本人の意思も確認した、もう決まったことだ」
「残る選択肢と条件も本人に提案した」

条件は明かされなかったが受け入れられるものでは無かったのだろう

何のために練習するのか分からなくなるくらいの
プライドの高い先輩には到底受け入れられない

もう一度立ち上がって声を出す

「そんなのっ!…1番ひどいでしょ!」
「前から違和感あったんだったら注意すればよかったでしょ?!」
「こんな最悪の選択に追い込むまで放置した方にも問題あると思いますよ!!」
「庇うのは下級生だけって…先輩たち同期のこと大事にしてくださいよ!」

そう言いたいのに言葉になる前に
喉に詰まって声が出なかった

すみませんと言って座る

息がしずらい
目がチカチカする
もうこの部屋から出て行きたい
自然と出てくる涙がボロボロと止まらない

主将が空気を変えてくれる

「分かった。ちょっと落ち着いて。」
「もう一度話し合う。もう一度…下級生は部室で待機。」

多数決は間違いだって数という理論で正しくしてしまう。悔しかった。

何か飲み物買おうと女子同期と一旦離れて
部室棟近くの自販機に行く
ポケットに入れたつもりの小銭が無かった

はぁ…しんど…と自販機の前で膝を抱えてうずくまる。気分も悪い…。感情が昂ったせいで頭が痛い。

矢羽が擦れるカシャカシャという音が響いてきた
弓具を運ぶ音が近づいてくる
男子部の調整が終わったようだ

「あ、おつかれー!!」
「おつかれ。」
「どしたんな?お金ないんか?切ないな〜奢ってやろーか?」
「うん。疲れた、甘いの飲みたい」

「ん?お前なんか目赤くね?
また弦反対に間違ってつけた?笑。点数出んくて泣いたんか?」
何も知らない同期にケケケと笑われる

「ちがう!!」
さっきの先輩とのやり取りを思い出してやっと止めた涙がブワッと溢れて堪えられない

「え?え?ごめん!ごめんって!からかってごめん!悪かった」

「もういい!」
女子部室に逃げるように帰った

その態度を不思議に思ったのだろう
すぐに同期からメールがきた

「ごめんな。てか女子部なんかあった?
誰も食堂来ないし。大丈夫か?」

返信を考えていても何と言ったらいいか分からず携帯をずっと見ていたら同期から着信が入る

先輩には「すみません、バイト先からです」と部室から出る

「大丈夫か?」

「まだ何とも言えない。でも夕方には結論出るから帰り何人かで下宿先ちょっと寄っていい?みんな本当に分からないの」 

「うん。いいよ。さっきはほんまごめんな」
「私もごめん」

長い長い待ち時間
結局、結論は変わることがなかった

あぁ、やっぱりそうだよなぁ…

成績表は繰り上がり
先輩の名前は黒で二重線が引かれる
 


△△先輩がもうみんなとは顔を合わせたくないと言っているらしいので片付けの間、また空き教室で待機する。

同期みんな口が重い。

「なんかさ、ここまで時間とお金かけてやってきたこといきなり全部奪われるのってやっぱり理不尽だと思う」

「将来、今日の日のこと思い出すと思う。多分、何年も引き摺ってしまうと思う。OBまで呼んで責めるなんてパワハラじゃん」

だよね
でも下級生は無力だ

部室に戻った時、先輩の棚が空っぽになっていて
本当の出来事だったんだと思い知る


全部終わって昼過ぎに解散となる
明日はホームでの試合だ

帰りに同期の家に寄る
今まで口止めされていたこと
ゆっくりと話す

どう思う?と聞くと
「難しいな。先輩たちが許せない気持ちも分かる。俺なら裏切られたと思う。」

「俺らの代が庇いたくなるのも分かる。世話になった人がいなくなっちゃうの…寂しいよな」

ずっと腹に沈めていた石があった
私がちょっと前に師匠にいらんこと言ったせいかなぁ?だからこのタイミングで調査されたのかなぁ?完全に私のせいだよね…

こんな形で試合になんか見たくない
もう、しんどい
チーム戦なんか出たくないよ


いきなり話を変えられる

「お前昼メシ食った?」
まだだよ、それどころじゃ無かった
あと朝ごはんも抜いている
調整や試合の日は身体が重いと集中できない

「好物買ってきてやるよ、何がいい?」

んー…と考えて
「大学横のお弁当屋さんのチキン南蛮」
「あと飲み物はローソンの紙パックのリンゴジュースがいい、大っきいほう」

「具体的にワガママだな〜。でも食える間は大丈夫なんだよ」と笑う
「ちょっと待ってろ。10分で戻る。」

「お金」と財布を出すと
「今度でいい!」
と部屋を飛び出して行った

コタツでごろっと横になる
床に頭をつけるとひんやりと痛かったから
ベッドから勝手に枕を拝借した

急に眠くて頭もぼーっとした
何も考えたくない
お腹も空いた


1時間くらい眠っていたらしい

スー…スー…と眠っている間にメガネを外されて頭には冷えピタが貼られていた

とっくの昔に同期が帰ってきてくれていた
シャワーも浴びたようで髪も濡れていた

「お?起きたな。弁当温めるぞ」

え?うん、ありがとう。
まだボーッとする頭で返事する

「何で冷えピタ?」
「お前、多分熱あるぞ」
「あぁ、昔から本気で怒ったりすると熱出るの。知恵熱みたいなものだから」
「子どもみたいだなぁ」と苦笑いしている

頂きます。

冷蔵庫からリンゴジュースも出してきてくれる。
お腹はすごく空いていてあっという間に食べ切る。

「一応、プリン買ってあるけど食べる?」
「いいの?食べたい、ありがとう」
「ほーら、生クリームちゃんとかかってるぞ」
いつもコレ食べてるだろと言う

うん、コレが1番好き

人心地ついて今日のことを反芻する
もう考えるのやめよ

時間が解決してくれる
たくさんの人が考えて出した結果がアレだ
お腹いっぱいだしもう終わったんだ

「なんかさ、お前寝顔すげぇ幼く見えるんやな」
「お人形さんみたい」
10個下の妹に似てると笑われる
帰ってきた時びっくりした

「8歳くらいってこと?!」
それはいくらなんでも…無理あるぞ


「手足冷えたからお風呂はいっていい?」

「え?着替えあんの?貸そうか?」

「あるし。」

「じゃぁどーぞ。」

温かい
お風呂で眠っていた
ドア越しに「大丈夫かー!寝てないよな?!溺れるぞ!」と起こされる。

「開けんなよ!」

「開けるか!」

髪を洗って携帯用の歯ブラシで歯を磨く
浴室から出ようとすると入り口にバスタオルが置いてあった
ふわふわだ

服もちゃんと着てリビングに戻る
「タオルありがと」
「めっちゃいい匂いじゃん
洗剤と柔軟剤何使ってんの?」

「アリエールとレノア」
ふーん、マメだねぇ。
今度試してみよ。

ちょっと横にならせて…とベッドに倒れ込む
フェイスタオルで髪を巻いていた
ドライヤーで乾かしてくれる

「もう眠たい」
子どもじゃねぇかと言われながら
今日気持ちの方がすごく疲れたんだろ

「寝たら治るから、大丈夫」

「明日の試合、行けそうか?」

「行くよ。大丈夫」
「なんか頭の中スッキリしてる」

友達の助けを借りてちゃんと立ち直れる
10代の不安定さが時々顔を出して
ぶつかったり心配かけながら
たくさん甘えさせてもらった

また眠り込んで起きた時には深夜だった
「どうする?帰れる?」
俺はどっちでもいいよ、床で寝れるし
明日応援側だから疲れとか気にならないし
…なんもしねぇよ?と小声で言う

明日そんなに早くないから実家帰る、近いし。
帰って寝るだけやし、色々ありがとう


あとさ、大事な話があってさ
「今、卒業した先輩と付き合ってるの」
「知ってるよ」
「そっか。都合よく甘えるのもう最後にするね」

「いいよ。同期として一緒にいて心地いい。困っていたら助けたい。今日みたいに怒らせることあると思うけど絶対仲直りしたい。」

「うん」

「それでさ、もし先輩と別れたら真っ先にこっちにきて欲しい。嫌じゃなければ。春からずっと気がついたら目で追ってた。走ってる背中綺麗だった。俺、奪い取ることは出来ないけど、気は長いし待てるから。」

「わかった。でも、気が変わったらずっと友達でもいいから彼女作りなよ」

「うん、多分ないけどな」
本当になかった

マンションの下まで送ってくれる
「バイク気をつけて帰れよ」

「うん、ありがとう。また明日ね」

次の日の試合ではビックリするほど
思考と視界がクリアだった
1人いなくなったのに何事もなかったようだった

昨日あったことはそっと胸に沈めた
その後、△△先輩と学内でも顔を合わせることはなかった

卒業後は地元の企業に就職したと聞いた
今でも連絡はとれない
どうか元気でいてほしい
あの日のことが人生の汚点になっていないことを祈る

こうして1年のリーグは終わった
出たり出なかったりまだまだ不安定だった

新入生を迎える時期がきた
いよいよ先輩と呼ばれるのだ
ちょっとだけくすぐったいなと思った

春休みの終わり学業の成績表が配られる
必修の専門(通年)だけ落とした
「嘘?!なんで?!」
声が出た
2年でもまた履修しないといけない
うぇ〜。

2年でも落としたら3年になれない
うわぁ〜…まじでぇ〜…

来年入ってくる後輩と肩を並べて授業を受けることになる。嫌すぎる。
てかなんで〜?

同じ部の同じ学部の子に聞くが落ちた理由がさっぱり分からなかった

後日昼ごはんを奢ると頼み込み、テスト問題を持ってきて模擬解答を作ってもらう

私が書き落としたキーワードらしき単語が並んでいる。多分これだ。次は大丈夫だ。

これも不正になるのだろうか…
そう考えるととチクリと胸が痛んだ

こうしてたくさん楽しくて辛い
長くて忘れられない1回生が終わった

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部活の思い出

無印良品のポチ菓子で書く気力を養っています。 お気に入りはブールドネージュです。