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「精一杯輝くために」

今日は2月20日。僕はサングラスに度を入れてもらうために隣町まで大きな公園を横切って30分ほど歩いた。黄色いマウンテンパーカーを着ていたけど、あまりにも暑いので、すぐさま脱いでショルダーバックに掛けた。薄い長袖のボーダーのTシャツでも汗ばむような陽気だ。Airpodsを付けて音楽を聴きながら歩いた。日本人が日本語でラップを歌っていた。隣町に着く頃には大量な汗が額から流れ落ちていた。

ここ数日、僕の頭はどうしようもなく、混乱していた。二度とショックから立ち直れないかもしれない。一昨日の夜には酔った頭でそんなことも考えた。僕はもう47歳で結局のところ年をとるということはそういうことなのだ。

2月にしては暑すぎる。

正直言うと、僕がまさか47歳になるなんて思ってもみなかった。どう考えても信じられない。今の経験、知識のまま、23歳になることができれば、どんなに可能性が広がるだろうか。写真家として今よりも大きな仕事を掴むことができるかもしれない。女の子だってうまく口説けるかもしれない。でも、僕は何度も言うようだが、47歳でどう転んでも23歳に戻ることはできない。残酷だが、当たり前な話しなのだ。

空を見上げる。雨の予報だったが眩しく青かった。公園は多くの親子やカップルがこの陽気を楽しむように賑わっていた。

タバコを吸った。相変わらず不味い。

写真を24年間、撮って生きているとある事実に嫌でも気づくことになる。「過去」と「未来」はイメージの中にしか存在しない。存在するのは「今」だけだ。どんなに才能のある写真家でも「過去」や「未来」は撮ることができない。

僕の10分前とあなたの10分前は違う。
彼の10分後と彼女の10分後は違う。そういう事だ。

しかし、人は存在しない過去と未来に縛られて生きている。後悔したり、心配したり「今」しか存在しないはずなのに「今」に気づかない。もしかしたら必死に気づかないようにしているかもしれない。

多くの人は写真を撮るとき「切り取る」なんて表現をするけど、僕は被写体を「今」に「繋げる」ためにカメラのシャッターボタンを押す。バラバラになっているものを繋ぎ合わせるのだ。

クールなロックスターが死んだ
日本で一番有名な写真家が死んだ
口は悪いが心優しい元同僚が死んだ

僕は何歳まで生きられるのだろうか?カメラのシャッターボタンを何回、押すことができるのだろうか?

僕にはやらなくてはいけないことがある。
苦しんでいる人を一人でも多く僕の写真で救う。
僕も苦しんできたから。苦しんでいるから。
僕にしかできないことだ。そう思っている。

実はここ数日、写真を辞めて東京から実家のある岐阜県に帰ろうかと考えていた。

「原哲也はダセェ事すんな」あの娘の声が聴こえる

歯を食いしばって、この街に残ることにした。
僕は夢を叶える場所をこの街と決めたから
精一杯輝くために。

もうすぐ桜が咲くな。
いつもの公園に写真撮りにいかなくちゃな。








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