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No.12の意味を知った日

「うぅ、寒い…。」
そんなことを口に出せば、周りにいる人のテンションも下がるのは承知しているので言わないようにしている。それでも少しでも気が緩むと自然に口に出てしまう。そんな寒さだ。
男はやや不機嫌に見える。いつもならスタジアムに到着するなり、ビールを飲むのが慣習だが、この日ばかりは躊躇なくホットコーヒーを注文した。
男はやや疲れているようにも見える。家を出発してから、8時間も過ぎていた。いつもなら一勤務できてしまう時間だ。

男の名はハラマル。確かにこの時点では、不機嫌で疲れていた。本人の自覚はないが、もしかしたら来たことを後悔しているのかもしれない。
だが、この後、彼にはターニングポイントが訪れる。そして、体験し、知ることになる。No.12の意味を。


2週間前

「ハラマルさん、アウェイの徳島戦、観に行きませんか?」

時は遡り、2週間前。
彼らは最近仲良くなったレノファ仲間だ。年の差はあるが気軽に話してくれるのが心地よい。誘ってくれたのは、3月20日(水・祝)に徳島で開催されるレノファ山口FCと徳島ヴォルティスの試合だ。実はハラマルも、ある理由により徳島戦の観戦を計画したのだが、泣く泣く断念したところだった。

「う~ん、行きたいんやけど、試合開始が15時50分やからね。帰って来れんやろ。次の日仕事なんよ。」
「あれ?ハラマルさんなら行くと思ったんですけど…。ケンティー見たいですよね?」
「あ、…言ったことあったっけ?」
「この前、飲み会で語ってましたよ。」

彼があだ名で呼んだのは、以前、レノファに在籍していた選手で、今シーズンは徳島に所属している。
ハラマルは、彼の背番号入りユニフォームを買ったことをまた思い出していた。そう、単にレノファのアウェイの試合を観たいという事もあったが、彼の姿が観れるということで観戦を計画したものの、その日のうちに公共交通機関での帰宅が難しいことを理由に断念したところだった。

「僕たち、自家用車で行くんで、帰ってこれますよ。どうです?」
「リサーチ済みのお誘いか。分かった、その作戦、乗ろう。うん、誘ってくれてありがとう。あれ、もしかして、最初から私のこと頭数に入れているんじゃない?」
「あ、バレましたか?割勘要員として期待していたんですよ。助かりました。言っておきますけど、車の運転も順番にやってもらいますからね。」
・・・なかなか楽しい旅になりそうだ。

8時間半前

迎えた試合当日、ハラマルは早朝に起床した。レノファ観戦に行く日は、家族に迷惑をかけないよう、家事を全部やってから出かけるのが彼の流儀だ。ルーティンをこなしながら、天候を心配していた。山口にいるとやや風が強いくらいしか実感はないが、天気が荒れるかもしれない予報になっていた。何度もスマホでチェックしたが、今のところ、車で行く分には支障はなさそうだ。

待ち合わせのコンビニ。
ハラマルは、何気なく、キャラクターのくじを引いてみた。最後のくじを引いたら…という、例のアレだ。たまたま、子どもが好きなキャラクターだったというのと、道中、話題になるかなぐらいの軽い気持ちだった。
「え!1等。わ、おめでとうございます。うらやましい。」
愛想の良い店員さんが、喜んでくれながら景品を持ってきてくれるが、ハラマルはぎこちない愛想笑いしかできなかった。
くじ運のない自分がこんな目に遭うのは珍しい。というか、こういう日は、必ず「何かある」。根拠はないが確かな予感があった。必然的に、今日の試合の行方が心配になる。
「まさかね。」自分の不安を打ち消すように頭を振ってみた。

駐車場でメンバーと合流した。予想通り、ハラマルが抱えている1等の景品、ポップコーンメーカーを話題にひと盛り上がりした。
若い彼らの純粋な反応を見ていると、「今日、何か起こるかもしれない」という不吉な直感を口に出すことがはばかれた。何も、若者の明るい未来に、根拠のない余計な翳りを与える必要はない。こんな思いは胸の内に秘めておこう。

8時間前

だが、ハラマルの予感は、直後に的中することになる。しかも、くじで1等を引いたこととは不釣り合いの大きさで。

出発して車は高速道路に入り、順調に進んでいる。車内では会話も弾んでいて、徳島に着いたらどこに行きたいかで、意見が飛び交っていた。運転手以外は、スマホで検索中だ。
ふと顔を上げたハラマルが大きな声を上げる。
「えっ!」
「わ、びっくりした。ハラマルさん、どうしたんですか?」
「え、今の電光掲示、見てない?」
「いや、僕、スマホいじってて。」
「見間違いだといいけど…。通行止めってあったよ。」
「え!?あっ、ホントだ!7時からって、さっきですね。通行止めになってる!瀬戸中央道って、瀬戸大橋ですよ。今から通る予定の…。」

とりあえず直近のPAに駐車し、対策を検討することにした。何度確認しても、瀬戸大橋が全面通行止めになっていることは間違いない。
「ハラマルさん、どうしますか?」
ハラマルはさっきのくじのことしか頭になかった。「やっぱり、今日は何かある日だった。」でも、今はそんなことを言っている場合ではない。急に求められた年長者としての対応。頭を切り替えないと、メンバー全員が、答えを期待した眼差しでハラマルを見ている。
「うん、今考えられる案としては、①このまま岡山まで進んで通行止めが解除になるのを待つ、②しまなみ海道は通行止めになっていないみたいだから、遠回りになるけれどルートを変更する。冷静に考えたら他にあるかもしれないけれど、今はこれしか思いつかないな。他に案がある人、いる?」
誰も口を開かない。
「じゃあ、このどっちかにしよう。先に言っとくけど、私は、どういう条件になったら通行止めになるのか、解除されるのか知らないし、今から天気がどうなるのかも知識はない。で、①だと、最悪の場合、通行止めが解除されなかったら、岡山までしか行けずに試合が観られないことになるかも。だから、②が良いんじゃないかと思う。もし、しまなみ海道にたどり着く前に通行止めになったら、また考え直そう。どう、これで?」

一応、全員の合意があったものの、本当にこの案で良いのか。全員が不安に思う中、ルートを変更して出発した。今考えるべきなのは、通行止めになる前に、しまなみ海道までたどり着くこと。
だが、その矢先、今度は雪がチラつき出す。
「わ、今度は雪か。焦って急がなくていいよ、慎重にね。」
「急がなくていいというか、ハラマルさん、言い忘れてたんですけど、この車、ノーマルタイヤなんですよ…。やば。」
ハラマルは、一旦、高速道路を降りようと提案しようとしたが、次のインターチェンジまでまだ距離がある。進むしかない。急ぎたいが慎重に。
雪はみるみる間に強くなり、道路も真っ白になっていく。何か言おうと思うが、ハンドルを握りしめている運転手にかける言葉が見つからない。「やっぱり、今日は、何かある日だ。」それしか思いつかない。

慎重な運転で何とか降雪ゾーンを抜け、しまなみ海道にたどり着いた。四国に入ってしまえば、なんとかして徳島のスタジアムにはたどり着けるだろう。全員がホッとしたが、ハラマルだけは一人緊張していた。「今日は何かある日。もしかして、まだ、これ以上、何かあるのか。」
悪い予感は当たる。しまなみ海道で事故渋滞に巻き込まれた。他にルートはないし、高速道路なのでUターンもできない。ただただ、渋滞を我慢して耐えるしかない。
「これ、試合開始に間に合いますかね・・・?」
誰かのつぶやきに、答えを返す者もいない。メンバーも全員疲れ果てていた。着いたらどこに行こうという会話は全て無駄になった。寄り道をするような時間はなくなった。

30分前

スタジアムに着いた頃には、試合開始まで1時間を切っていた。
「よし、着いた!」と元気を振り絞って車を降りると、強風が彼らを迎えた。勢いは一瞬のうちに萎む。ハラマルは、念のため持ってきていたカイロを取り出すが、かじかんだ手を温めることはできない。気温は7度だった。雨はやんでいるが、不穏な雲が流れている。
「今日は何かある日だ」という予感が、そして、実際にこれまでいろいろ起こってきたという事実が、頭を、体を、さらに重くしている。

「うぅ、寒い…。」
そんなことを口に出せば、周りにいる人のテンションも下がるのは承知しているので言わないようにしている。それでも少しでも気が緩むと自然に口に出てしまう。そんな寒さだ。
ハラマルはやや不機嫌に見える。いつもならスタジアムに到着するなり、ビールを飲むのが慣習だが、この日ばかりは躊躇なくホットコーヒーを注文した。
やや疲れているようにも見える。家を出発してから、8時間も過ぎていた。いつもなら一勤務できてしまう時間だ。

確かにこの時点では、不機嫌で疲れていた。本人の自覚はないが、もしかしたら来たことを後悔しているのかもしれない。

キックオフ

アウェイゴール裏の座席に向かうと、ルートは違えど、同じような苦労をしてスタジアムまで辿り着いた仲間がいた。決して多数ではないが、この環境を考えると、こんなに?という数だろう。ハラマルはそう思った。
そして、自分が何をしにここまで来たのか、ようやく思い出した。レノファの勝利を見届けにきたはず。「今日は何かある」という不穏な予感は、もう封印するしかない。
相変わらずの強風だが、心は静まった。

「ハラマルさん、始まりますよ!」
「そうだね、ここまで来るのが大変だったから忘れてたけど、試合は今からだったね。うん、来れて良かった。さ、応援しよう。」

前半、コイントスで風下になったレノファ。開始4分には早速鋭いクロスを上げられ、あわやという場面を作られる。
その後、レノファは左サイドから何度かチャンスを作るが、相手ゴールキーパーのセーブにあい、得点を決められない。
前半アディショナルタイムにも、フリーキックからシュートまで持ち込まれた。一進一退の攻防だった。

後半、レノファが風上側になると、6分と11分に、立て続けに得点に成功する。スタジアムでの応援もボルテージが上がる。が、36分にカウンターを受け失点。2-1となる。
点差以上に心配なのは、失点の記録がオウンゴールだったこと。これも滅多にないことだ。

すると、試合開始前に封印したはずの「何かある日だ」という不安が、再度押し寄せてくる。残り10分がやけに長く感じる。口を開けば不安が出てしまいそうだった。

ピッチには、最終盤の攻防に必死になっている選手たちの姿があった。勝利を手繰り寄せようとする選手たちの目には、「もしかしたら」という不安の色は、当然のことながら、微塵もない。

ハラマルは、今日の道中を思い出していた。ここまで8時間かけて苦労して辿り着いた。そこには熱意があったはず。
それなのに、なぜ、今、自分は、選手や応援仲間たちに自分の不吉な予感を伝えようとしているのか。そんなことを言いに来たわけではない。そんな理由じゃない。

ここまで苦労して来て、口に出すのが、不安や、審判のジャッジや、相手チームのヤジでは、本当に情けない人間ではないか。
もっと価値あるものを伝えるためにやってきた。そうだろ、自分。
今必要なのは、選手に対する純粋な後押しに他ならない。
ハラマルは、応援することを思い出した。

アディショナルタイムに入った。残りは6分。
ここで、応援は鳴り物が止まる。これからの応援は、声と手拍子のみだ。
「進め山口、気持ちはひとつ。共に戦おう、勝利のために。・・・」
声を振り絞る。

試合終了のホイッスルが鳴った。

「良かったですね、ハラマルさん。ここまで来て、勝利の試合を見れて。僕たち、12番目の選手としてちゃんと戦えましたかね?」
「12番目の選手」、サッカーが11人でやるスポーツのため、サポーターが12番目ということでよく使われる表現ではあるが、ハラマルには、今ひとつしっくりきていなかった。
「12番目の選手かぁ。でも、それって、誰と戦うという意味なんかね?別に相手チームのサポーターと戦っているわけでもないし…。」
「確かに…。単に11の次で12ってことなんですかね…。」
今日の体験で何か掴めそうな気はするが、まだ、うまく言語化できなかった。

ただ一つ確かなことがある。いつの間にか不吉な予感は霧散していた。今は、帰路に「何か起きるかも」という心配はない。
「さあ、今から帰ったら日付が変わるね。安全運転で帰ろうか。」

9日後

1試合終わったからといって、気を抜けるわけではない。毎週末、時には水曜日にも試合がやってくる。選手たちには過酷な環境だ。
そんな中、クラブの公式サイトで愛媛戦の振り返りの選手インタビューを見ていたハラマルは、息を飲んだ。
関選手が、聞かれてもいない徳島戦のことを語り出したのだった。

「え…。選手がこんなこと言ってくれるんか…。」思わずつぶやいていた。

冷静に考えて、サポーターの数が多い試合の方が、選手に声が届いているに違いない。それなのに、敢えて、人数が少なかった試合、それも強風で声が届きづらかった試合を指して、わざわざこんなことを言ってくれるのは、なぜだろうか。

ハラマルは、試合中の関選手の振る舞いを思い出していた。
良いプレーをした選手をつかまえて、肩や背中を叩きながら声をかけている姿を。

あぁ、これと同じことをサポーターにやってくれているのかもしれない。
ピッチにいる選手にするように、サポーターにも肩を叩きながら「ナイス応援」と声をかけくれてるのか。
選手にとっては、我々はスタンドにいたんじゃない。一緒にピッチにいたのかもしれない。

それが分かった時、ハラマルは、何の根拠もなく試合結果を不安に思っていた自分を恥じた。もし、自分が選手としてピッチに立っていたら、そんな不安を抱いていたはずがない。勝利しか確信していなかったはずだ。

「そういうことか。」ハラマルはつぶやいた。
「12番目の選手」は、相手のチームやサポーターと直接戦うわけではない。もちろん審判と敵対するものでもないし、思っていることを好き勝手に大声を出したら良いというわけでもない。

そういうことではなくて、選手と一緒に、ピッチの上に立ったつもりで勝利を信じる。心から信じる。そしてそれが選手に伝わると、選手からの信頼も得る。そうしてはじめて、チームの一員になれる。まさにチームプレー。この一体感こそが「12番目の選手」ではないか。
それが分かると、12番目の選手としてどう振舞うべきかも自然と分かる。信頼して声を掛ける。これに尽きるのではないか。

今ならイメージできる。あの勝利の瞬間、体はスタンドにあったが、心は選手と一緒にピッチの上で、試合終了のホイッスルを聞いた自分の姿を…。

1か月後

5月、ハラマルの姿は、家族と一緒に鹿児島にあった。
「パパ、ユニフォームの番号って、なんで12番が多いん?」
「それはね、サッカーは11人でやるから…。という説明は、やっぱやめた。この試合で一生懸命に応援したら、その理由が分かるよ。声を出すのが嫌やったら、手拍子だけでも良いよ。」
「は?どういうこと?」
「うん、今日は厳しい試合になるから、応援しがいがあるね、楽しみやねってこと。」
「意味わからん。」
「いや、信じて応援すれば、きっと分かるよ。」
「分からんけど…、ユニフォーム貸して。着てみたいわ。」

空は快晴。今日もまた熱い試合が始まる。
さあ、スタジアムに行こう。仲間が待っている。
進め山口、気持ちはひとつ。共に戦おう、勝利のために…。

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