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15) 閉ざされた村社会に降り立つ女(26歳)

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オーストラリアでの就職活動に敗れ、落ち込む間もなく「じゃあ今度はカナダに行こう」と思いついた私はまずお金のことを考えた。

オーストラリアでは社会人の頃に貯めた貯金を崩しつつ、アルバイトで日銭を稼ぎながら生活していたのでとにかく今はお金がない。

集中して短期間でお金を稼ぎたいところだが、どんな方法がベストだろうか。ひとまず仮住まいしているこの実家からは出るべきだと思った。

というのもこの辺りは何もないど田舎なので求人が圧倒的に少なく、給与水準も都会よりきわめて低い。加えて我が家は「18歳を過ぎれば親元を離れるもの」という暗黙のルールがあるため、26歳で実家住まいは許されざる雰囲気がある。

短期間だと目をつぶってもらい仮にここから都会に出て仕事したとしても、毎日2時間以上かけて通わなければならないし、交通費もバカにならないだろう。たとえ交通費が支給されたとしても、あれこれ言われる居候生活はやはり耐え難い。

どうしたものか。

私は私なりに難しい顔をして、パソコンからYahoo! Japanを開き、「短期集中  お金 稼ぐ」…と検索欄に入力した。

住み込みアルバイト。

最初に出てきた求人はこれだった。
場所は長野県。温泉地らしく、現地の旅館で中居として接客業をやるらしい。
3食食事付き、寮完備、就業開始日は即日オッケー。

日本はこれから梅雨があけて、あのうだるような暑さがやってくる。
長野といえば避暑地。
しかも温泉入り放題!?
ついでに着付けも覚えられちゃうね!?

私は早速求人元に連絡をいれた。

1週間後、私はオーストラリアでお世話になった巨大なスーツケースを抱えて新幹線、電車、バスを乗り継ぎ6時間ほどかけて長野県の山奥に降り立った。

錆びついたバス停の看板の前に立ち、私はあたりを見渡した。

村だ。まごうことなき村だ。

空気がとても澄んでいて、川のせせらぎと鳥の声しかしない。
私の知っている田舎となんだか違うな、と思った。
私の実家は「日本昔ばなし」に出てきそうな田畑が広がる田舎だが、ここは「もののけ姫」に近い。村を囲むように広がる山々はとても深く、緑が濃い。シシガミ様が住んでいそうな神々しさがある。

少し離れたところに温泉旅館が建っているのが見えた。
割と大きな建物で、7階建てといったところだろうか。それなりに古びては見えるが、まわりに点在する民家よりはずっと新しい。あそこが私の職場なのだろう。私は巨大なスーツケースを引きずって歩きだした。



私の職場となる温泉旅館は7階建てで、客室は50部屋あるという。
従業員は18歳から70歳まで老若男女が混在する職場で、特に接客業に関しては私のように別の土地からふらりと流れてくるスタッフも少なくないという。
コンビニまで徒歩30分。実家は徒歩20分だったから、まぁ許容範囲だ。

軽く職場のスタッフと顔を合わせたあとは、採用スタッフと一緒に宿から徒歩7分にあるという寮に向かった。

寮は林に囲まれた坂の上にポツンと建っていて、砂利敷きの駐車場スペースがやたら広い。

建物の背後は笹やぶが茂っており小高い山に続いている。

まぁ熊にでも襲われない限り、田舎生活はそれなりに慣れてるはずだし大丈夫だろう。

ここに来た目的はただひとつ。

ただひたすらにお金を貯め、次の目的地への軍資金を貯めること。
そして、次の目的地でどういう仕事ができるのか調べること。
(ネット環境が皆無だったのでポケットwifiを持ってきた)

こうして閉ざされた温泉村での生活が始まった。

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