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田舎の公務員の人事異動 青天の霹靂

 あと少しで4月。新年度の始まりだ。
 ちょいと大きい会社なら、すでに新体制が整い、引き継ぎもできている頃であろう。支店があるなら、転勤もしなければならなくなることもある。全国規模の会社でも住む場所探しや引越代は個人の負担である。平日いる家族が手伝ってくれないと厳しい。不動産屋だって業務が集中しまくって大変だろうに、この一斉にする意味が僕は昔から分からなかったし、今もずらせばいいのにと思っている。

 さて、うちの新人は、まず4月1日に集合して、町長の挨拶を聞き、待機している配属先の職場の先輩と共に自分の職場に赴く。
 それまで、自分の配置部署は一切知らされない。情報守秘のためなのかは知らないが、市町村合併でやたらと広大な区域なので、住む先を決めるのは早くしたいのに、職場の近くに越すなら4月以降でないといけない。
 ほとんどの新人は安定の本庁勤務(業務はキツイ)で良いものの、永岡くんの場合は違ったのである。

 「君の配属先は少年自然の家だよ」と先輩に車に乗せられる。
 少年自然の家!!皆さんはご存知だろうか?
 僕たちの世代は小学校の頃キャンプや自然に親しむため、そこに学級で一泊することがあった。全国にもポチポチとある、山の中の合宿場みたいなところである。
 たった一泊だが、インパクトの高い思い出を残してくれた、そこもうちの町の管轄だったのである。1年目から郊外中の郊外。というか、むしろ人間より鹿の数のほうが多そうである。
 
 車はトコトコと市街地を、田んぼを越えてゆく。家はまばらとなり、シャッターを下ろしたお店がポツンポツンとある。そのうち人工物は道路だけとなった。国道の脇道を通ると、広い草原に山々、木々の大自然が待ち受けていた。
 シティボーイの永岡君は、自然の家での経験がなく、他県から来たのもあって、どんなところか分からず「ボクどうなっちゃうのかなぁ」と、ドナドナの子牛の気分で車に乗っていたそうである。
 

 3か月後、同期の懇親会に、牛を引けるような逞しい、小麦色の眩しい笑顔の見慣れぬ男がやってきた。すっかり自然に馴染んだ永岡君であった。健康そうで元気そうで、全く良かったと思う。
 その後、たまに中学生と一緒に(お世話係として)泊まり、「忙しいのになんでこんなとこ来て泊まらなきゃなんねーんだよ」と言う視線を引率の先生からも生徒からも受けながらも、彼は任期を全うしたのであった。今でも、あの頃は良かったと、自然と格闘した思い出を懐かしんでいる。
 

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