春巻

パリの春。

本題とは関係ありませんが、おかげさまで私の拙い記事「君んちの焼き肉」が先日8000PVを突破いたしました。他のくだらない落書き・備忘録・戯言に比べなぜかこの記事だけダントツの人気ぶりでして、多くの皆様に新しいお家焼き肉のスタイルを提案できたかなと嬉しい限りです。感謝しかありません。

さて、因果なもので、地域ごとの食文化の偏りがどのように分布し、そのルーツは何なのかを調べるという、誰が望んだわけでもないチマチマした揚げ足取りがなおもライフワークのように続いており、本日新たなページを書き加えたいと思います。

今回のお題は「パリの春」。

そうですね、パリの春といえば皆さんご存じ「パリパリの巻」ですね。中華料理のオードブルでは必ずと言っていいほどシューマイの横に並んでいるあの揚げ春巻のことです。パリッとした衣の中にトロトロ具だくさんの餡。揚げたてはまさにビール泥棒。ぷはー。

そんな春巻に、皆さん何をつけて召し上がりますか?

そう問われれば個人的には、カラシ醤油一択。何という愚問を、と鼻白むところですが、なんと地域によっては、春巻にケチャップをつけるのが普通、ってかそれ以外あり得るの? という地域も少なくないようなのです。

ずっと「です・ます」で書いちゃった。直そ。

正直、この事実を耳にしたとき、我が耳を疑ったほどである。は? と。

しかしその後調べると、相当狭くない地域でこの春巻withケチャップがまかり通っているようだと判明した。個人的にはかなりの衝撃で、JR名古屋駅構内の居酒屋で豚の角煮を注文したら練りワサビを添えて出されたときぐらいにビックリした。あのときも「すみませんカラシを」とおずおず言ったところ、お店のおばちゃんが「はあ?」と聞き返してきたのでさらにたじろいだ記憶があるが、その話はまた別に書くとしよう(たぶん書かない)。

繰り返すけど、春巻にケチャップ、である。「ポストにマヨネーズ」ではないがそのぐらいの唐突ぶり。青天の霹靂。どうやらこの食習慣は、名古屋より東、東海〜関東甲信越(一部東北)に広く分布しているようなのである。

例えば名古屋。台湾料理・味仙は全店「春巻にケチャップ(以後春ケチャと省略)」。半年ほど前大阪にも進出したが、そこでは現地人のアドバイスもあって塩コショウに変更したとのこと。そんで逆に驚いたらしい「えっ?マスタードつけるんですか?」って。いやマスタードて。カラシ! そんな洒落たもんちゃうわ。

名古屋の他にも愛知県内や、最西端では三重・松阪あたりでも確認。東へは長野、新潟などにも飛び火しつつ、この春ケチャ問題の中心地と思われるのが横浜・中華街の近辺である。中華街では老舗の何軒かに聞き込みをしたところ「50年前ぐらいからずっと春ケチャ」との回答をいただいた。さすがに聘珍楼ほどの高級店ではつけていないようだが、いわゆる町中華に近い大衆店では半世紀以上、老若男女ウキウキ笑顔で春ケチャを口に運んでいるのである。もちろん東京にも春ケチャ店はある。

そしてこの横浜こそが今回の問題の起点なのではないかと、個人的に睨んでいる。

というのも、そもそも春巻きのスタイルが東西で違う

まずこれを見てほしい。 

めちゃくちゃ撮り方がヘタクソ。

いや違う、見てほしいのはそこではない。これは京都のとある老舗北京料理店の名物春巻だが、根本的に皆さんが想像している、あのパリトロ春巻とは様子が違うのがおわかりだろうか。

まず大きな違いは皮である。餃子のような小麦粉の皮(麺皮)ではなく、薄焼き玉子の皮(蛋皮)なのだ。店によって伸びや食感をよくするため、片栗粉や小麦粉を加えて工夫はしているが、基本的に一枚一枚お店で手焼きして、餡を巻くという非常に手間のかかる調理法だ。餡も水溶き片栗粉のとろみはないか、あっても最小限で、食感はパリトロではなくサクフワの、至って上品な味わいである。好き。

実は、京阪神の老舗中華料理店の多くがこのサクフワ玉子春巻を伝統的に作っている。これこそが春ケチャ地域分布の、大きな手がかりではないだろうか。

そもそも日本の中華料理は全国どこでも同じではなく、そこへ渡ってきた中国人の人々の出身地によって、大きく系統が違う。

大阪へは川口にあった中華街に山東省出身者が多く居留・移住したことから、北方・北京に近いあっさりうまみ系中華が根づいた。サクフワ玉子春巻は大阪市内にある老舗北京料理店の料理長によると、彼らが地元の味をより進化させて大阪で独自に生まれた文化だそうだが、元々のルーツはあっさり北方系である。

一方横浜中華街はというと最大手が広東系、そして上海、台湾などの南方系の中国人が多く、味付けはこってり甘み系中華である。特に上海などは甘味の強い濃厚な味付けを好む。

そこへ持ってきて、もうひとつ事実をつけ加えるならば横浜こそが国産トマトケチャップ発祥の地ということでもあり(詳細は調べてください)、甘く濃厚な味付けを好む南方系の中華にケチャップがたやすく馴染んだことは、ごく自然な成り行きだと思う。現に酢豚や天津飯にケチャップ餡を使う文化は関東寄りの分布を示している。

そんなわけで、東日本の人ほど春ケチャに抵抗がない、あるいは好んで食べる、というのが大まかな傾向であるといえる。

ここまでが現状、私の調べた結果だ。残念ながら、いつどこのどの店で中華とケチャップが初めてマリアージュを果たしたかは記録が見つからない。きっと今後も見つからないだろう。

繰り返すけど、大阪のサクフワ玉子春巻にカラシ醤油、これこそが私の極上の春巻タイム。皆さんも大阪へ来ていろいろ食べ歩きたいときは、コナモン巡りもいいけど、ぜひこの春巻をルートに入れてください。

いろいろ世間は辛気臭いムードですが、皆さん、もう春はすぐそこまで来ています。春巻を買って、桜の下でビール飲みましょう。そのぐらい楽しんだっていいじゃないですか、ねえ。








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