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映画研究会デ・ニーロ 7

◆これまで
 大学に入学し、『映画研究会デ・ニーロ』というサークルに入った僕は先輩達とゾンビ映画を撮ることに。
 富士山の麓にある先輩の別荘で撮影合宿をはじめましたが・・・。


 気絶しているチンピラ役の酒井を別荘の客室に連れていって寝かせた僕でしたが、やがて酒井の目がパチリと開きます。
 ゾンビウイルスに感染していたこの男もまたゾンビ化していて、今度はチンピラB役の僕に襲いかかってきたのでした。そのまま僕は食い殺されてゾンビ化し、二人してさらに他のヤクザ達を殺戮していくのでした。
 結局そこにいた全員がゾンビと化し、最後に残されたのはヤクザの幹部役の佐伯先輩でバスルームに立て籠もったり、斧を振り回してゾンビを返り討ちにしたりと奮戦しますが、最後には力尽きて庭先で息絶え、映画は幕を閉じます。


「カーット!よしオッケーだ!」

監督の国木田先輩の声で最後のシーンを撮り終わると、僕らの映画はどうにかこうにかクランクアップを迎えることができたのでした。
 山の中の別荘に来てからはや一週間が経とうとしていて、長かった夏休みも最後の一週間になっていました。
 あとの編集作業は監督の国木田とパソコンオタクの高木の仕事だったので、僕たち撮影組の仕事はこれで全部終了したのでした。
 一本の映画を撮り終わったのだというなんともいえない達成感に浸りつつ、僕たちは機材を片付けたり撤収の作業にかかりました。


 そうして、富士山の麓の別荘をあとにした僕たちは、国木田先輩のボロいワーゲンバスに揺られて東京へと帰ってきたのでした。
 大学の部室に機材を運び入れ、そこで一旦解散となりましたが、夕方からクランクアップのお祝い会をやるということでした。撮影合宿の間中お酒はずっと飲んでるみたいなもので、夜はいつも宴会していた僕たちでしたが、せっかくのクランクアップだしこれで最後だからということで全員が参加することになりました。
 場所は同級生の高木の家で、どうやら映画の編集作業も進めながらお祝い会もやるということのようでした。

 久しぶりに家に帰った僕は、洗濯をしたりお風呂に入ったりして、夕方になると大学の近くの高木の家へと向かいました。
 高木の家にはすでにみんな来ていたので、みんなでゾロゾロと近くのスーパーまで買い出しに出かけました。
 夏も終わりかけて、朝晩がだいぶ涼しくなってきていたこともあり、鍋パーティをしようという話になっていました。何鍋にするかみんなでワイワイと話しながら歩いていて、モツ鍋にすることに決まりましたが、これが大変な間違いだったということに後で気付かされます。

 スーパーではまたしてもお酒や肉などを大量に買い込みましたが、ここでも先輩達の強い意向によって野菜を買うことが許されなかったのです。
 部長の国木田先輩、幹事長の佐伯先輩、総務部長の松永先輩は揃って大の野菜嫌いで、白菜、ネギなどの鍋に必須の野菜なども頑として買うことを拒否していました。買えたのは、豚モツ、豚肉、鶏肉、つみれだけでした。

 とんでもない偏食家達が主導権を握っているために、鍋一つ作るのでもこんなことになってしまうのかと頭を抱えたい気分でしたが、当の3人組は「絶対美味えぞこれ。」とか、「前から鍋に野菜が入ってるのが気に入らなかったんだ。」と上機嫌なのでした。
 野菜なしの鍋なんか絶対不味いしエグいことになりそうだから、「なんとか白菜だけでも入れさせて下さい。」とお願いしましたが、全く聞き入れてもらえませんでした。

 結果的にいうと、この肉だけモツ鍋は不味いとかいうレベルのものではなく、臭くて脂っぽくてエグい、とても食べられたものではないようなしろものなのでした。
 我慢しておわん一杯分食べたあとは誰もおかわりする者はなく、言い出しっぺの3人組も流石に閉口したようで、一杯食べたあと黙って鍋に蓋をしてしまいました。なにせ蓋をしてないと獣臭いような肉と脂の匂いが部屋中に充満してくるのです。
 台所にはまだ鍋に入れられていないモツが1kgくらいホカホカと湯気をあげていましたが、それも絶妙に鼻についてくるのでした。

 食べられないモツ鍋を前に、空腹を抱えた僕たちはひたすらビールをあおり、つまみのピーナッツをバリバリと食べながら、目の前の大失敗作から目を逸らしていました。
 今からでも野菜を買いにいって白菜やネギを足せば、臭み消しになってこのモツ鍋ももっとマシなものにできたのかもしれませんが、一度このエグさに当てられてしまった僕たちにとっては、もうそれを食べ物と認識するのを脳が拒んでいるようで、できれば目につかない所に鍋ごと追いやってしまいたいくらいなのでした。

 部長の国木田も同じく思っていたようで、この家の主の高木に

「この鍋、残ったやつ全部やるよ。一人の時にでも食えよ。な。」

と押し付けて、冷蔵庫にしまってしまいました。
かわいそうな高木は「え、いらないっすよ。」と心底迷惑そうでしたが「いいから、いいから。遠慮すんな。」と強引に押し付けられてしまったのでした。

「よし、鍋パーティーはおしまい!第2ラウンドはタコ焼きパーティーしよう。」

失敗作を高木に押し付けて晴れ晴れした顔の国木田はパンっと手を叩いて次はタコ焼きをしようと提案してきました。
 腹ペコだった僕たちはもちろん大賛成で、臭いモツ鍋のことなんかさっさと忘れてしまいたいばかりでした。

 一人貧乏クジをひかされた高木は部屋のすみで肩を落としていましたが、それを励ますように松永先輩が肩に手をやって、「勿体ないから全部食えよ。」と絶望的なことを告げていたのでした。

 そのあとは、またスーパーにたこ焼きの材料と1000円くらいの安いタコ焼き機を買いに出かけました。
 モツ鍋の失敗で懲りたのか今度はキャベツやネギなんかも買うことができ、タコ焼きの方は無事にまともなものが出来上がったので腹ペコの僕たちはじゃんじゃん焼いてバリバリ食べたのでした。

 高木と国木田の2人はパソコンで編集作業を始めていたので、2人の分のタコ焼きも焼いて届けたりしました。2人はビールを片手にあーだこーだと話しながらパソコンをいじっていました。
 パソコンオタクの高木のパソコンは自作したものらしく、大きい椅子くらいのサイズがあり、cpuはなんだとかメモリはなんだとか言っていましたがパソコンオンチの僕にはちっとも分からないのでした。唯一話が分かるのが国木田のようで、編集作業の間にもパソコンの用語があれやこれやと出ていました。

 結局二人の編集作業は一週間ほどかかり、その間作業している二人以外は別に用もなかったのですが、なんとなくタコ焼きを焼き続けているうちに終わりにするタイミングを逃してしまい、結局タコ焼きパーティーも一週間続いてしまっていたのでした。 
 タコ焼きの粉や野菜、お好みソースやマヨネーズがなくなると買い足しに出かけ、最後の方は一回で粉5袋くらいまとめて買っていました。
 だんだんと皆で揃って焼いて食べるということもなくなり、誰かが寝ている横で焼いて、起きている者達が食べ、腹が一杯になったらゲームをしたりダベったりして、眠くなったら寝る。その横ではなおも次の人がタコ焼きを焼き続け、寝ていた者がまた起きると朝食がわりにタコ焼きを焼く、という無限タコ焼きループができあがっていたのです。

 僕らは飽きもせずに、一週間の間タコ焼きを作り、食べ続けるマシーンと化していました。
 途中、バイトなんかで抜けていく者もいましたが、用事が終わると不思議とまたタコ焼きパーティーに戻ってきてしまうのでした。
 僕は途中近くの銭湯に行ったりした以外は皆勤賞で、最初から最後まで参加していました。
 この時はタコ以外にもいろんな具を試してみて、ウインナーやチーズ、チクワ、餅、明太子や高菜なんかも美味しかったです。人生でこんなにタコ焼きばかり食べていた時は他になく、こんなにバリエーションに富んだタコ焼きパーティもなかなかないのではないでしょうか。

 そんなこんなで、映画の編集作業をする環境としては、邪魔以外の何者でもなかったでしょうが、一週間の後、ついに国木田先輩が「できたぞ!」と声をあげたのでした。

 僕らは皆で「おお〜。」と顔を見合わせて誰ともなしにパチパチと拍手していたのでした。

 そして、そのまま出来たてホヤホヤの僕たちの映画「ゾンビ館の殺人」の鑑賞会が始まりました。
 出来ばえは、お世辞にも褒められたものではなく、シーンとシーンの繋がりや見る人にストーリーが伝わるかなど、いろいろ拙い所はありましたが、それでも僕らが一夏をかけて作り上げた努力の結晶がそこに詰まっていて、何だか胸にグッとくるものがありました。

 僕らは皆で乾杯して肩を組みあい、出来上がった映画を噛みしめながらビールをあおり、残ったタコ焼きの粉を全部溶かして最後だからとジャンジャカ焼いてジャンジャカ食べ、こうして僕らの映画撮影と夏休みが終わったのでした。

 タコ焼きパーティーに熱中しすぎて時間間隔を失っていた僕たちは、次の日大学に行ってみてそこで後期の授業がとっくに始まっていたことを知るのでした。


つづく 

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