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映画研究会デ・ニーロ 6

◆これまで
 大学に入学し、『映画研究会デ・ニーロ』というサークルに入った僕は、夏休みに先輩達とゾンビ映画を撮ることに。


 夏の暑さもだんだんと落ち着いてきた9月の中ば、長かった夏休みも残すは10日ばかりとなり、僕たちは自主制作映画「ゾンビ館の殺人」のクライマックスシーンの撮影に取り掛かりました。

 舞台は人里離れた山中の別荘で、ヤクザ達がドラッグパーティーをしている所にゾンビが襲いかかってきて、一人また一人とゾンビ化していきます。
 この最初のゾンビは、ヤクザ達によって殺されて埋められた運び屋の男で、殺される直前に依頼品のヤバい薬を飲み込んだためにゾンビ化し、地中から這い出してヤクザ達に復讐しに来ていたのです。


 このゾンビにやられるヤクザの下っ端のチンピラが僕の役でした。役作りのためにと、セサミストリートの鳥みたいな黄色の髪にさせられ、腕にはタトゥーを模してマジックで「暴力」と書かれていました。僕なんてケンカで人を殴ったこともないくらいなのに。


 撮影に使う別荘は、サークル幹事長の佐伯先輩の父親のものらしく、「無茶苦茶やっちゃっていいから。」といかにもドラ息子なことを言っていました。
 この佐伯先輩は、大学3年目にして2回も留年しているためまだ1年生という人で、部長の国木田先輩、総務部長の松永先輩と合わせて党三役と呼ばれ怖れられていました。
 党三役の3人は中学高校から一緒の幼馴染で、三人揃って2回も留年しているピカピカの1年生なのでした。
 サークルの後輩達はみな、「ああはならないようにしないと。」とこの3人組を畏怖していましたが、夏休みまでの前半にしてすでに僕も留年が確定してしまっていたのでした。


 さて映画の話でしたが、佐伯先輩の別荘はまだ新しくて広く、サークルのメンバー10人程が泊まってもまだ部屋に余裕がありました。リビングも広くて、さらにプレイルームにはカラオケやビリヤード台、そして悪いことに麻雀卓があったのです。これに麻雀好きの国木田先輩は「おおっ!自動卓あるじゃん」と言って飛びつきました。
 自動卓というのは、麻雀をやる時に牌を積んで山を作るんですが、それを卓の下の機械が全部やってくれて、スイッチ一つでウィーンと並べてくれるというものです。雀荘などにはありますが、普通の個人宅にあるのはたいへん珍しいものです。

 党三役の留年トリオは、普段から授業にも出ず朝から晩まで部室の麻雀卓を囲っているというのに、ここに来てもなお麻雀に飛びついていってしまったため、僕たちも撮影を進められず、やむなくカラオケやビリヤードなんかで遊んでいるうちに最初の1日は終わってしまったのでした。
 今ではもうとてもできませんが、大学生当時はどこか遊びに行くといったら、徹夜で朝までコースというのがザラで、その時の僕らも朝までさんざん騒いで遊んで、寝て起きたらもう2日目の夕方になっていました。
 撮影合宿の貴重な時間をほぼまる二日、速攻でムダにしていた僕たちでしたが、別にこの時が特別だった訳ではなく、今こうやって学生生活を振り返ってみると終始一貫して時間を浪費し続けていたんだなということがよく分かります。

 ともあれ多少の反省もありつつ、撮影場所の下見くらいはしておこうと、僕は散歩がてら周囲を散策してみることにしました。
 別荘は富士山のふもとの森の中にあって、標高が高いのもあり東京よりもだいぶ涼しく半袖Tシャツではすでに少し肌寒いくらいでした。
 僕は長袖シャツに着替え、日が傾いてオレンジ色の夕陽が差し込む美しい森の道を歩きながら、どこからゾンビが飛び出してきたら絵になるかを考えていました。
 途中のベンチで休憩がてら煙草をすったりぶらぶらして別荘に戻ると、プレイルームでは、先輩達は飽きもせずにまた麻雀卓を囲っているようでした。僕がまわりを散策してきたとか、撮影に良さそうな場所があったとか話しかけてみてもなんだか生返事だったのですが、話しているうちに彼らが昨日から一睡もせずに麻雀を続けていたのだということが分かったのでした。
 僕は朝方には客室のベッドで寝てしまったので、てっきり彼らも一旦寝て起きてまた麻雀をしているのかと思いきや、正味30時間以上ぶっ続けでやっていたのです。
 何が彼らをそんなに駆り立てているのか理解不能でしたが、同級生の酒井が先輩達につきあわされていたようで「これ終わったら代わってくれ〜。」とゾンビみたいな顔をしていました。

「みんなもう寝て下さい。これじゃいつまでも映画撮れないですよ!」

僕が言っても先輩達は妙にギラギラした目でこちらを見ながら、

「分かった。つきでラスト。最後のラストファイナルデシジョンだ。座れ。」

と言って僕を卓につかせました。言っても聞かないので、僕が勝ったら終わりにすると約束してもらって、結局そこからさらに3半荘くらいやって僕が勝ったので、しぶしぶといった感じでベッドに入っていったのでした。
 このまま先輩達は朝まで爆睡で、僕らはまる二日なんの成果もなく過ぎてしまっていたのでした。


 結局、撮影が始まったのは3日目の朝からで、ぐっすり眠ってすっきりした顔の国木田達は「あ〜あ寝た寝た。」と伸びをしていましたが、バシッと頬を叩き

「よし、やるか!」

と号令のもと、僕たちの映画撮影はやっと始まったのでした。


 そしてまずは、森から現れたゾンビが一人目のチンピラを襲うシーンから撮りはじめました。
 同級生の酒井が演じるチンピラが外で煙草をすっている背後からのそのそとゾンビが近づいてきますが、携帯電話で話しているため気がつかず、ついにゾンビに襲いかかられ腕を噛まれてしまいます。格闘の末、なんとかゾンビを倒して別荘に帰ったチンピラでしたが噛まれた腕からゾンビウイルスに感染してしまっているのでした。倒した筈のゾンビも死ぬことはないので、またムクリと起きあがって足を引きずりながら動き始めます。


 撮りはじめてみると撮影は順調に進み、これまでの町中での撮影の時のように通行人や通りかかる車もいないので、トントン拍子に進みました。
 思いのほか早く進んだ撮影に気を良くした僕たちは、お昼ご飯にバーベキューをすることにして、国木田先輩のボロいピンクのワーゲンバスに乗り込んで、近くのスーパーに買い出しに行きました。肉やお菓子やお酒をたんまりと買い込んで戻った僕たちでしたが、先輩達の強い意向で野菜の類を買うことは一切禁止されていました。
 普通、バーベキューする時は玉ねぎとか椎茸とかも焼きたいですし、レタスやサンチュで巻いてお肉食べるのも美味しいじゃないですか。
 それを野菜嫌いの国木田達は「無駄になるだけだから買うな。」と言って頑として譲らず、僕らはレタスの一玉も買わせてもらえないのでした。僕らが食べるから、先輩達は食べなくていいと言っても、

「宗教上の理由でダメなんだ。野菜は禁止されている。」

と松永先輩も眼鏡の奥で目をグルグル回しながら詰めてきました。
 ヤレヤレと僕らは諦めて、肉と酒ばかりを何キロも買い込んで別荘に戻ったのでした。

 そうして別荘に戻った僕たちは庭先にコンロと机を出して、バーベキュー大会を始めたのでした。

「ちょっと撮り始めるの遅くなったけど、「ゾンビ館の殺人」成功させるぞっ。乾杯!」

部長の国木田の言葉とともに乾杯しましたが、国木田達以外の誰もが「いや、あんた達のせいだよ。」と思っているのが、頭の上に吹き出しがついているかのごとく明瞭に伝わってきました。

 そうして始まったバーベキューでしたが、これも映画のシーンとして使ってみたらどうか、ということになりました。
 脚本担当の松永先輩と僕とで、バーベキューシーンのセリフを考えたりしながら、周りでは撮影用に机や椅子を動かしたり照明やマイクを出したりして、肉を焼いて食べつつ、ビールを飲みつつ撮影準備が進められました。

 バーベキューシーンでは、先程ゾンビに噛まれたチンピラの酒井が、食事中にバタンと倒れて肉の皿に突っ伏すところからでした。
 椅子に座って目の前の肉をはしで取ろうとしますが上手くいかず、やがてフラフラしてきて目の焦点もあわなくなり最後は白目をむいて肉の皿に突っ伏します。

「あついっ!」

酒井は声をあげて飛び起きました。どうやら焼きたてアツアツの肉の上に顔をのせてしまったようでした。

「カット!何やってんだ!ちゃんとフーフーしとけよ。」

監督の国木田は怒って撮影をとめました。僕は冷めた別の肉の皿に交換し「大丈夫か?」と酒井に聞くと「びっくりした。」と笑っていたのでこれでも飲んどけとビールのコップを渡すとぐいっと飲み干して、撮影のテイク2を撮り始めました。


つづく

次回「シャイニング」!?

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