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イチゴの香り、あなたを想う

真っ赤なイチゴが並ぶこの時期のスーパー。近くを通ると甘い香りが漂い、思わずカゴに入れたくなる。高いなと一瞬迷うが、今日は一パック買って帰ろう。


寒い冬の朝、神奈川まで車を走らせること約4時間、途中で大きな富士山が見えた。堂々として美しい。
ナビが目的地だと告げるが、それらしい建物はなく、地元の方だろうと思われる男性に道を尋ねた。岐阜ナンバーをちらっと見て、
「遠くから、よく来たね…」
こちらの心境を察してくれているかのように、優しく丁寧に、道案内をしてくれた。
小高い場所に建つホスピス、窓からは富士山も見える。
美しい屋内庭園が運転の疲れを癒してくれる。


緩和ケア病棟の同僚で、一番仲良くしていた女性がいた。彼女から、健康診断で要精密検査だったと聞かされてから数週間後、メールが届いた。
『癌のステージ4でした。ごめんね、仕事辞めて治療します。』
すぐに電話をかけると、泣きながら彼女が言った。
「病棟で、同じ癌の患者さんと接してきたから、自分の未来が見えるみたい。ブラックホールに落ちたみたいで…怖いよ。」


それから1年も経たず、彼女はホスピスのベッドで横になっていた。
もうお別れが近いなと分かるほど痩せ細ったていた。
腸閉塞になり絶飲食であった彼女が言った。
「娘がね、おいしそうなイチゴを買ってきたの。それを私の目の前でかじってね、私の鼻のところに差し出すの。甘い、いい香りがしてね! 思いきり息を吸い込んだの。おいしかった。」
そう話す彼女はイチゴを食べているかのように、おいしそうな表情で、楽しそうに話し続けた。

彼女の顔は、悟りを開いたかのように穏やかで、私は美しいと思った。
ブラックホールから抜け出し、自分の命の灯が消えそうなことを受け入れている、そう思えた。
「また絶対会おうね」と手を差し出す彼女と握手をして帰路に着いた。
「また」は来世のことを言ったのかもしれない。その三日後、彼女は宇宙(そら)に還っていった。

今日はイチゴを食べよう。
命日に貴女を想う。

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