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第16回 shiseido art egg 佐藤壮馬展「おもかげのうつろひ」を観て。

新進アーティストの「美しい美の発見と創造」を応援する公募プログラム shiseido art egg。今回は260件の応募の中から3名の入賞者が決まり、各入賞者の個展を開催。
4月18日から銀座にある資生堂ギャラリーで始まった「佐藤壮馬展」をレポート。会期は5月21日まで。

資生堂パーラーが入るビルの地下にギャラリーがある。

今回展示を見るきっかけになったのは、佐藤さんの作品が筆者の出身地である岐阜県と関りがあることだった。
2020年7月11日、岐阜県瑞浪市大湫町・神明神社のご神木である大杉が豪雨で倒れた。
本展ではこの大杉を3Dスキャンで複製し構成する新作が展示されているのだ。
事前にいただいた資料にはこう記されていた。

「科学と信仰の時空のズレや交わるところと私たちの心の在り方を探ります」

実に興味深く、自分の仙骨を前に押し出されるような感覚を覚え、実際に見て感じてみたいと思った。


今作に至る経緯を少し書いてみる。

北海道で生まれた佐藤さん。住宅分譲地として開発が始まった土地で、洋風の建物が区画に沿って並ぶ一画で育った。
自身に与えられた日本人としてのアイデンティティと、景観が持つそれらとのズレから彼は疑問を抱いたそう。

佐藤壮馬 『かえりみれば(Looking Backwards)』2009-2010

外に出て生まれ育った環境を客観的に眺めたいという思いから北海道を離れた。
東京で約6年、ロンドンで10年近く暮らした。
2020年、新型コロナウイルスの感染が広がり、ロンドンではロックダウンに入る。
そのころ外の世界に向いていた佐藤さんの好奇心は内的な世界へ向き始め、新たな人生のステップを日本で始めようと決断し、地元の北海道に戻ってきた。

その2か月後に祖父が他界。戻ってきたことで祖父の死を肌身で感じることができた。
数日後のある夜、なぜか「ご神木」が意識にのぼった。
そこから日本各地の巨樹について調べるなか、神明神社のご神木が倒れた記事が目に留まり、何か強くひきつけられるような感覚をもった。
その後何度か大湫に通うようになる。

詳しくはこちらの記事をどうぞ ↓


「釜戸駅で下車し1時間半ほど、傾斜を感じながらゆっくり歩いていく中で渓流があったり、泊まらせていただいた家には土間があったり。欠落している風土、求めていたものが岐阜、大湫にはあり心惹かれました」

柔らかい表情で語る佐藤さんを見ていると、大湫が彼にとって大切な場所のひとつになったのかなと嬉しくなる。


大杉の根元付近の直径が約3.5メートル、幹回り約11メートルと数字で言われてもすぐにはその大きさを認識できないのではないだろうか。
倒れて横になったことで直径をより視覚から感じ取れる。

そのご神木の中にすっぽり入り込めるとしたらどうだろう。
私はその大きさに圧倒された。

撮影した写真と3D スキャナーのデータを元に制作された立体作品。

樹齢約670年という大杉。この大きさの木がひとりの負傷者も出さず、近くの民家を避けるように倒れたという。
神様が守ってくれたのだと直感的に思う人がいると思う。私は神様の力だと思う。

白い樹脂でできた作品なのに、そこに木が横たわり、木の肌や色が見えてくるように感じるから不思議だ。

大杉の一部を持ち帰り封入した作品。

人は何かのきっかけがあって、信仰というものを自分の中に落とし込んでいくのではないかと思う。
私は看取りを仕事にしていた。
自らの余命を知り死を意識する中でも、信仰を持つ人は凪のように落ち着いた時間を過ごしていることが多かった。
「余命を知ったときはブラックホールに落ちたようで怖かった」と話してくれる患者さんが何人もいた。その暗闇の中見えた「光」を信じると心が落ち着いていったそう。
その「光」、信仰の対象は宗教という枠にはまらず、時には宇宙であったり、クリスチャンではないけれど、子どものころに見たステンドグラスに描かれたマリア像だったり。

大湫の住人たちには信仰対象がご神木だという人も、倒れたことがきっかけで自分の信仰に気付いた人もいるだろう。

しかしそれらは忘れていただけで過去からの関係性があったのだ。
佐藤さんもこう書いている。

科学的な因果性や合理性を重要視する傾向がある現代においても、うつろいながら時を超えて流れ着いた様々な日常の実践が、川の流れの中で石がゆっくりと変わるように、私たちの心をかたちづくっています。明治維新以降に開拓が進んだ北海道で生まれ育った私にとっても、祀られている木や、切ってはいけない木など、日常のどこかでその在り方に触れていたのだと思います。そのような経緯から、神籬(ひもろぎ)信仰に心が向き始めました。

『大湫』令和5年1月より 大湫町コミュニティ推進協議会 広報委員会


小さい頃から信仰というものに関心があったわけではないと話してくれた佐藤さん。
異常事態だった新型コロナウイルスのパンデミックであったり、身近な祖父の死が、信仰を意識するきっかけだったのだろう。

「何かを信じる、目の前にある対象を信じるというときに関係性が生まれてくると思います。物質として科学的にそうであるということと同時に、やはり意義として自分がアジア人であり日本人である環境の中で、歴史の連なりの中の「私」であるという両極あると思っていて。そのはざまで強い葛藤を感じ、またそこにちゃんと向き合いたいなという思いがあります」

何かを生みだす人というのは、自分と深く向き合い、悩み、仮説をたて検証していく、そういう人たちだ。
佐藤さんの作品からは、そんな彼の気を、重量を感じた。
話す相手の目をまっすぐ見つめ、思いを伝えようとする佐藤さん。
「神様がいると信じることと、科学を信じることって変わらないんじゃないか」と話していたのがとても印象的だった。

興味を持たれた方は、ぜひ実際に足を運んで体感してみてほしい。
5月21日まで銀座の資生堂ギャラリーで開催中です。


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