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あなたのお名前でピン!ときた本をお届けします。選書サービス『菊川』店主、市川由加里さん

2022年7月16日、ネットショップのBASE(ベイス)に新しい選書サービスのお店『菊川』がオープンした。『菊川』で選書のオーダーをすると、一冊の文庫本が届く。オーダーしてからポストに届き、箱を開けるまでのドキドキ感を味わえるサービス。店主の市川由加里さんは、祖母が始めた全身美容の店『菊川美容健康道場』の3代目。イギリスで美容を学んだ美容家でもある。美容のお仕事をされながら”本”にまつわるサービスを始めた経緯や想い、独特な選書方法について伺った。

スピード感がワクワク度を加速させた

──まずは美容業をされている市川さんが、新たな事業である選書サービスを始められた経緯を教えてください。

市川:本が好きで、本好きな方と繋がりたいという思いもあり、読書記録もかねてインスタグラムを6年前に始めました。最初は道場(菊川美容健康道場。以下道場)の新規のお客様にも繋がればいいなと思っていました。「体や肌のことを任せる相手はこういう人間です」と知ってもらえたらなと。結果、今のところ「由加里さん、毎日よく読んでますねえ」と“本好きな人”ということは確実に浸透しましたね(笑)。それで道場でのお仕事とは別に、本で何かやれること、新しいことを考えてみようと思ったんです。第一歩として、古物商許可証を最初に取ることにしました。

──古物商許可証ですか?

市川:古本屋をやろうかと考えていたときもあって、古本の取り扱いには許可がいるだろうとまず思いました。同時に新本を扱うには何の許可がいるのだろう?とも。私にはどちらにしても本の仕入れルートがないので本屋さんで買うしかないですし、手探りです(笑)。いろいろ調べてみると、たとえ新品でも販売する目的での購入、つまり一度も使用していない状態のものでも、一旦人の手に渡ったものを売る場合は古物になるということがわかりました。これは許可申請をきちんとしておけば、古本も新本も扱えるのだなと理解して早速申請したのです。
結果、選書というサービスをすることに決め、『菊川』で選ぶ本は古本ではなくて基本新品の文庫本なのですが、しっかり許可を取っているので安心してご利用いただけます。
専門の行政書士さんに頼む方法もありますが、私は自分で書類をそろえて、警察署の生活安全課に提出しました。登録料が19,000円かかりましたが、初期投資になるし、申請したからにはもうやるしかない!と。
申請するにはネットショップのURLがいるので、ひとまずBASEでお店を作りはじめました。開設時はやりたいことの考えがまだまとまっていなかったんですけどね。
許可が下りるまでは1ヶ月ほどかかりました。

──このサービスをやろうと決めて、オープンするまでの期間は?

市川:7月16日にショップをオープンしたのですが、現在のサービスをはっきり決めたのはその半月前頃でした。

──すごいスピード感!

市川:これはすごく事業として楽しいことになるという確信があって、開業届もすぐに出したんです。オープン予定の日はとにかくお日柄がよくて(笑)。きちんと準備ができてからと思っていると一向に物事を進められない性格なので、今回は勢いよく見切り発車のような形でした。そんな状況のスタートにもかかわらずインスタグラムにお店のことを発表したら、みなさんがすごい反応を返してくれて……嬉しかったですね。
ネットショップのトップページも物語を書いているような感じで作って、そのまま出しちゃったんです。

──トップページの『本を選ぶとき 誰かが選んでくれたら ちょっとたすかる ちょっとうれしい 菊川はそんな「ちょっと」を満たす店』という文章が、このお店の物語の扉を開くようで素敵です。
選書サービスを実際に始めてみて、率直な感想はいかがですか?

市川:最初に本を選びに行った日は、すごく楽しみで興奮して、私の心臓どうなっちゃうの?というくらいドキドキしました(笑)。この本おもしろかったよと親しい人と話すことはあっても、まるっとまっさらな状態で誰かに本を選ぶことはなかったので。


イメージはイタコ選書

──私も実際にこの選書サービスを利用させていただいて、自宅に「とある一冊の本」が届いたときは嬉しくなりました。どのように本を選んでいるのですか?

市川:申し込みの時にお名前を書いていただくのですが、そのお名前だけを思いながら、ピン!ときた本を選んでいます。他には何の情報もいただきません。

──市川さんご自身が知らない本を選ぶこともあるということですか。

市川:はい。読んだことのない本がほとんどです。その理由は、私がおもしろい、感動した、読みやすいと思っても相手はそう感じないかもしれないから。

──「とある一冊の本」には、事前に記入するアンケートなどもないんですよね。

市川:そうなんです。というのも、「私の」おすすめというのは、あまりあてにならないんじゃないかと考えています。加えて、読みたい本のご希望を伺ったとしても、相手の方の心情をどこまでくみ取れるかのか。例えばアンケートを書いていただいたとして、書くとき、人に気持ちを伝えるとき、全部がそのままの言葉になるっていうのはなかなか難しいですよね。本当はこういうことが言いたいんだけど、ここまでしか書けていないとか。それを読んで選ぶという技術は私にはないなと思ったんです。
私は本屋さんでもないし、書店員さんとか編集者さんのように、ずっと本を仕事としてやってきたわけではありません。でも「本棚の前に立っている時間」はなかなか積んでいるので、その時間の蓄積だけをたよりにした感覚のみで選ぶことにしました。だからイメージはイタコ選書ですね(笑)。

──イメージしやすいですね(笑)。

市川:そうですね(笑)。今までやってみた感じでは、最初に出版社が思い浮かぶんです。それからその社の棚から本をみつける。そんな感じなので、注文を受けて本を選びにいくときは文庫が出版社ごとに並んでいる本屋さんが相性いいみたいです。

──え!! それはすごいですね。数多く読んできているからできることかもしれない。

市川:今まで自分はただの活字中毒だと思っていたのですが、このサービスを始めて、これは私のスキルなのかなと。すべての方に満足していただけるかは分かりませんが、今の私が持っているスキルで選べるものがあるとして、受け取る方にも待つ間のワクワクを感じていただけたら、それはサービスと言えるんじゃないかなと。

──まさに、オーダーしたとき、届いたときのワクワクは想像以上でした!

市川:嬉しいです。

──自分で本を買いに行くと、好きなジャンルも決まっているし、好きな作家さんの本に目がいくので偏ってくるなとは感じています。たまには違うのも読んでみたい、というときにぴったりですね。

市川:そういう意味では、おみくじみたいに本と出会う、おみくじ選書もいいですよね。

──それはおもしろいですね。

市川:今はオーダーいただいた方にお1人1冊の本を選んでいるんです。でも、いずれはそれとは別で、「今月の9冊」のように選んでおいたものの数字をオーダー時に選んでいただいて、おみくじのようなものも作れたらおもしろそうと考えています。


ここはサードプレイスにもなり得る

──今年の7月にお店をオープンされてから、特に印象的だったことはありますか?

市川:そういえば、お客様の中に思いがけない申し込み方をされたかたがいました。

──思いがけない申し込み方? なんだろう。

市川:インスタグラムのフォロワーさんなんですけど、本をお届けした後にメールをいただいて。
その方は「将来息子に渡そうと思ったので、息子の名前で注文しました」と。「いっぱい読んで息子が成人した時に渡そうと思っています」と書いてあったんです。

──息子さんはまだ小さいお子さんなのかな。

市川:そうみたいです。

──親御さん、面白いことを考えられましたね。

市川:そうですよね。息子さんが成人するまでに、先ずはご自分が読み尽くして、それからその本が息子さんへ手渡される瞬間が来るかと思うと、その場面を想像するだけで私もとても楽しいし、嬉しいです。こちらが想定していた以上のことがあって、いろんな使い方をしてもらっていいんだなって。
お届けした後にメールをいただいたり、インスタグラムのストーリーや投稿でアップしてくださると、「あ、この方のところへ届いたんだ」と種明かしみたいに私も楽しませてもらって。一方通行じゃないお手紙のやりとりのようなことを見ず知らずの方とできた。このサービス自体が家族とか職場とか友達との間とはまた違った、私や誰かにとってのサードプレイスみたいなものになれるのかなと。やり始めてみて、こういうことか、おもしろいなと自分で気づいた出来事でした。

──素敵なエピソードですね。市川さんがとても楽しんでいる雰囲気が伝わってきます!

本は読めなくてもいいんです。

──市川さんが読書記録をつけているインスタグラムの投稿数は4,000を超えていますが、実際読まれた本の数は把握されていますか?

市川:本に関係のない投稿もあるし、同じ本を数回読むこともあるので、総数は分からないですが、いつの間にかこんな投稿数になっていて、自分でも驚いています。

──ご自身が本を読むときに意識していることはありますか?

市川:最近、読書に対する考え方も変わってきたんです。以前は、やっぱり読み始めたら最後まで読みたいと思っていました。でも今は、もし全部を読み終えていなくても、今日その本を手にしたことがいい時間だったなと思えます。というのも、その日に手に取った本をぱっと開けたところに、たいてい求めている言葉があるんですよ。何か得られるものを探して読むというよりは、何も考えずにぱっと手にした中にあるんですね。

──手に取った本をぱっと開ける、紙の本だからこそですね。装丁の感触とか、紙のにおいとかも感じられる。

市川:もちろん物語とかストーリーも大好きで、気づいたらもう朝だったなんて日もありますが、そこに本があるというだけで満足なんです。よく「どうやって本を読めばいいですか」「本が読めなくて」と相談されることもあります。その時読めなくても、読み始めたけれど最後まで読めなくても、途中から読んでも、あとがきから読んでも、結局読めなくてもいいんですよとお話しします。
自分で選んでもいいし、誰かに選んでもらってもいいし、ちょっと本棚の前に立ってもらえたら。触れたりにおいを感じることもできる。本っていいものですよと伝えています。

──本はいいですよね。

市川:本当にそう思います。あと、最近は紙の本に限らず、本を音声で聴ける「オーディオブック」というサービスもありますね。声の質が自分に合っている朗読を探すとお気に入りが見つかったりして、文字を読むのが苦手という方でも楽しめると思います。

──今後は美容と選書サービスを両立していくのでしょうか。

市川:選書サービスを入り口として、道場を知ってもらえる機会も増えれば嬉しいです。それもあって、こちらのお店の名前を『菊川』にしました。どちらも「ゆだねる」ところから始まるので根っこは繋がっていると考えています。選書サービスの『菊川』を利用してくださった方で、お体の悩みとかあれば、そちらのアドバイスもできますし、関わることができるかもしれません。いろんなところにドアがあるといいんじゃないかと思うんです。
地域のお店とコラボ企画もやってみたいですね。道場のご近所さんには魅力的なお店がたくさんあります。その方たちと「本とお菓子」とか「本とワイン」、岐阜ならではというものといっしょにわくわくするものを届けられたらおもしろいと思います。私は岐阜のまちが大好きなので、今回の本のサービスもまちの豊かさに貢献していけたら嬉しいです。
道場の仕事は祖母の代からあるものを継いでいくというスタンスでした。選書サービスは一から自分でやる、この面白さも日々感じています。

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いつも凛とした佇まいの市川さんが、初めて選書した日のドキドキを、満面の笑みで楽しそうに語っていたのがとても印象的でした。あなたのお名前が本の場所まで市川さんを呼び迎える。どんな本が届いたのか、あなたのストーリーも聞いてみたくなる、そんな新たなコミュニケーションが生まれる予感がします。



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