『すかしてんじゃねえよ』
5年2組。
隣りの席の小森くんは、いつもお茶らけている。
何かといえば手を挙げて大きな声でくだらないことを発言する。
「先生、今朝でっかいウンコが出ました!だから給食一杯食べれます!」
ドッとクラスは笑うけれど、わたしはただただ呆れている。
目立ちたがり屋なのだろうが、本当に毎回しょうもないことを
授業を止めてまで言う。
それのどこが面白いのかわからないので、「無」の表情のままでいる。
そんなワタシを見て、小森くんは言う。
「すかしてんじゃねえよ」
あれはいつだっただろうか。
小森くんの目が赤く泣きはらしたようになって登校してきた朝があった。
「目、どうしたの」
わたしは優しく尋ねた。
「うるせえ、すかしババア」
おっと、静かなトーンで吐くセリフではないなあ、小森くん。
心の中でそう思ったけれど、言い返すと小森くんと同じ土俵に自分を
貶めるようで、やめた。
その日は一度も小森くんのお馬鹿ロケットは発射されず、クラス全員が
変な欲求不満のような気分で下校した。
しばらく経ったある日。
小森くんは転校を発表した。
あまりに突然のことで、クラスはお通夜のように静かになった。
いわゆるクラスの人気者で、一挙手一投足でクラスの雰囲気が決まるような
小森くんがいなくなる。
二番手の岡井くんは、小森くんほどの思い切りが無い。
一番面白い女子の三妻さんは、最近早い思春期のために恥ずかしがるようになった。
どうしたらよいのだろう。
「小森、どうして?」
岡井くんが聞いた。
小森くんは下を向いた。そして黙ったままでいた。
外で鳥が一声鳴く。
みんなが小森くんだけを見つめている。
普段通りに、何か面白いことを言ってくれることを願って。
「か、家庭の事情で」
小森くんは涙を浮かべていた。
どうした、小森くん。
ワタシはそんな彼を見ていたくなかった。
だって、いつだって君はクラスで一番愉快な小森くんなんでしょ。
「すかしてんじゃねえよ!」
思わず口から出た言葉が、日頃から小森くんがワタシに対して言っていた言葉だった。
「小森くん、あんたの転校がそんな理由な訳ないでしょ!」
小森くんが、クラス中がびっくりした顔でワタシを見た。
小森くんの鼻からは、信じられないくらいの量の鼻水が垂れていた。
すると、クラス中が小森くんを救うべく立ち上がり始めた。
「お前、かぐや姫として月に帰るんだろ!」
「怪獣が出現したから、宇宙科学特別警備隊員として戦う!」
「創作意欲が沸いたから仙人になって、山にこもるとか!」
「美味しいカレーライスを見つけに冒険の旅に出る!」
「ちがうよ、えーっと、新しい学校で給食株式会社の社長になる」
「お笑いコンテストに出るために都会に修行に行く!」
なんだか小森くんを置いてけぼりにしたままで、クラス全員が大喜利状態になり白熱した。
ひとつも面白くないけれど。
どのくらい経っただろうか。小森くんの涙もすっかり乾いていた。
「全然違うよ」
小森くんはポケットからティッシュを取り出して
盛大に鼻をかんだ。
「おれは、ヘラクレスオオカブト虫研究家になるために渡米するんだよ。
あーいむ、すぴーきんぐー、いんぐりっしゅ、うぇぇぇぇえる!
ゆーのおおおおぅ?」
静まり返る教室。6時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
ドッとクラスが笑いに包まれ、小森くんはいつもの小森くんに戻った。
「と、いうわけで小森くんは渡米します。みなさん、3学期末まであと二週間。最後まで仲良くしましょうね」
先生も渡米の話に乗っかった。
もう、本当に渡米するかどうかはどうでもよくなり、みんなで胸をなでおろした。
帰りの会が終わり、さて帰ろうとしていた時だった。
「おい、すかしババア」
小森くんは耳元でワタシに言った。
「せんきゅうううぅぅぅぅ、べりい、まーっちいいいいい」
助けて損した。
おしまい
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