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人生のどん底から見えたものと得られたギフト



「今ここで死んでも数か月は誰からも発見されないままかもしれない」

28歳のある日、強烈にそう思ったことがある。当時、離婚をして元だんなの転勤先である北海道にいた頃の話だ。

あの頃のわたしはすべてが八方ふさがりだった。人生、なにかしらうまくいかないことはあるだろうが、全方位というのもなかなか珍しいのかもしれない。

どんな感じだったかというと

・北海道には家族も親戚もいない、友だちも片手で数えられるほど。(ちなみにsnsの普及もあまりない時代だ)
・当時は実家族との折り合いも悪く、実家に戻れるような居場所もない。
・離婚と同時にアルバイトの掛け持ちをして貧乏生活。貯金なし借金あり。
・ものすごく好きになった人に、長いこと片思いをこじらせる。
・コミュ障かつ仕事ができなく続かない。
・ストレスのためか、1か月ほどご飯を食べるたびに胃に激痛が走る。

とまあ、こういう具合だ。

またわたしは中学の頃からイケてなかった。

いじめられたし、ボッチだったし、一家離散しかけるし、就職浪人したし、書けないこともいろいろ。

10代、20代と自己不信さん、人間不信さん、いらっしゃーい!な感じで、つまり暗黒道路を15年近くもひた走っていたことになる。

通算15年は長い。そしていよいよ限界突破するかもと思っていたある日、トドメとして心底自分の人生を呪いたくなるようなことが起きたのだ。

その時なにかがプチっと切れて、こう思った。

「なんかわたしの人生おかしくないか?」「なにかが間違っているのではないか?」と。

もっと早く気づいても良かったように思うが、この日、わたしは一度死んで、生まれ変わった。とはいえ実際にコトを起こしたというわけではない。精神的な死と再生だ。

人はドン底まで落ちると、ようやくはじめて、自分自身を真っすぐに見ることができるのかもしれない。

現実というのは、自分の信念や考えがもたらす結果を映し出す鏡のようなものだ。自分の正しいと思っていることが良いかということは、現実を見れば分かる。

今までは様々な思い込みで都合よく捻じ曲げて見ていたものが、ようやくフラットに見えた。そして見渡した結果、わたしの考えはウンコだなと思った。

そうか……今まで後生大事にしていたものは、ウンコだったのか。

なんだかすべてが馬鹿馬鹿しく思え、20代で孤独死をしかねない人生など金輪際まっぴらごめんだ、今までのすべてを捨ててやると本気で誓った。

きっとわたしのような我が強すぎる人間は、とことんまで追い込まれなければ、我を捨てることはできなかったのだろう。頑なににぎりしめていた自我を手放すことに、もはや躊躇は一つもなかった。

しかし、そんな風にすっかりと気持ちのうえで、こざっぱりとしたのはいいが、すぐに状況が変わるでもなく、またどうしたらいいのかもよく分からなかった。

ある日、わたしはふらっと本屋に行ってみた。もう何年も本も読んでいなかったし、なんで寄ったのかも覚えていない。ただ、なんとなくブラブラしていたところで、とあるコーナーが目について立ち止まった。

自己啓発の書棚である。自己啓発といっても、お堅いビジネス系ではなく、いわゆる女性の生き方的な、ちょっとゆるふわな感じの本が並んでいるコーナーだ。以前のわたしであれば、完全にスルーしていたエリアである。

導かれるまま、当時なんの本を手に取ったか忘れてしまったが、ちょっと気恥ずかしいような気持ちで、2冊ほど買ったことを覚えている。それがわたしのうれしはずかし自己啓発本とのファースコンタクトだった。

そしてわたしは、新しい物事の見方・考え方・捉え方を乾いたスポンジに水が沁み込むように吸収した。本も毎月2.3冊買っては、とにかく素直に実践しまくった。

人生は案外、どん底からの方がガラッと変わりやすい。失うものもないし、心の底から人生を変えたいと思うので死に物狂いのパワーもでる。余計なプライドもないから、素直にアドバイスも受けいれて行動できるのだ。


今振り返ると、あの時が人生の大きなターニングポイントだったのだと思う。

人生前半はほんとうに苦しい時の方が多かったのだが、あの苦しい時代があったからこそ得られたことがたくさんある。

・他者の意見や考えを取り入れていく柔軟さ、素直さ
・自分の思考や感情、状況を客観視できるメタ認知力
・周りの人の気持ちや考えを考察する力
・知識や情報をちゃんと行動に移す姿勢
・他人や環境のせいにするのではなく、自分自身がまず変わること

とことんまで追い込まれたからこそ、得られたギフトだ。今や周りには愛あるすてきな人たちがいて、すべてが好転し幸せを感じて日々生きている。(改善する分野が多岐だったため全部整うのに10年近くかけたが笑)

自分の不幸を他人や周りのせいにして、周りを変える方向に走っていたら、我の強いわたしはおそらく一生変われずに、今も苦しんでいたかもしれない。

本当に様々な本たちがたくさんの大切なことを教えてくれた。本でなくとも、もし周りでうまくいっている人や頼れる人がいるならば、その人から教えてもらうのもいいかもしれない。

とにかく何かがうまくいっていないときは、自分の視点や経験範囲から抜け出させてくれるものを見つけるのが大事なのだ。人生に行き詰ったとき、またはもやもやしているときは、新しい考え方や視点を取り入れる絶好のタイミングなのだと思う。

どんなに八方ふさがりのように思えても、諦めなければ必ず道は開けてくる。ふっと新しい道が見えてきたら、逃さずに恐る恐るでもその道を歩き出していこう。

きっと道の途中でたくさんのギフトが見つかり、今の自分よりももっとすてきな自分に出会えるはずだ。

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