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DISCO TEKE-TEN open vol.2 

 この物語は事実に近いフィクションですから。そこんとこ夜露死苦。

  青い顔してオヤジ(最年少スタッフ)が店に飛び込んできた。オヤジが借りて事故ってしまった原チャリ。近くのスナックの子に借りたらしいのだが事故って初めて持ち主は別にいることがわかった。組系の人だったのだ。幸いオヤジの怪我は擦り傷程度で大したことなく、バイクもそこまで大破という感じではなかった。ただ持ち主が持ち主だけにどんなことになるかわからない。島に馴染んできたとはいえ、なるべくそちら系の方達とは関わらないようにしていたので(ビーチの人たちも厳密にはそちら系の方達だがちょっと違うので)店の周りのその筋の話はあまり知らなかった。とはいえうちのバイトが起こした事故、放っておくわけにもいかない。桜井とよっさんと会議して、とにかく持ち主に謝りにいくことになった。事務所にいるとのことで桜井と二人で向かった。そもそも借りている店の紹介がそっち系の人だったので、いつ店に入って来られるかわからない恐怖があったから念のために帳簿を二冊作っていたので売上の少ない方の帳簿をもっていった。
 事務所に入るとソファを勧められ俺たちは謝りながらそのソファに座った。開口一番強面の持ち主は
「俺はコザにいくら持って帰れる?」
と言ってきた。
来たー!と妙に冷静な感情でそう思った。

 沖縄に詳しくない人のために説明すると、あくまで当時のこのお話の世界では沖縄本島のコザがそちら系の方達の本拠地で、そこで一番の組織のTOPが俺たちがお世話になっている。ビーチのパラソルやマリンスポーツを仕切っている人の弟さんで、だからお兄さんの方は本式の方ではないのだが弟さんのこともあるので島では一番顔が聞くという状態。しかも本島の強面さんの七割が久米島出身者とのことで、当時の久米島の若い男の子は学校出ると警官になるか強面さんになるかの選択しかないという話も聞いていた。ビーチの頭の人の息子は東京の大学に行っているがお盆で帰省するときに飛行機が満席だと南西航空のコックピットに座って帰ってくるという話も聞いたことがあるくらい。そんでバイクの持ち主はコザから帰省している人だったのだ。

 そして何か黒い鉄で出来たものをこめかみに押し付けられた。冷たかった。
何これー、映画みたい。と自分たちでも不思議なくらい冷静だった、冷静とはちょっと違うな。なんか人ごとというか自分に起こっていることと感じないというか、、何しろそこでその重くて冷たい黒い鉄に手をかけると
「冗談はやめてくださいよー」
と頭から振り払った。そこで『お、なんかこいつら頭おかしいな。』と思われたと思う。すかさず帳簿を出して。
「本当にすみません。修理代は当然出させていただきます。ただこのように僕ら全然儲かっていなくて。いまは10万が精一杯なんです。もしももうかったらその時はもう少し払いたいと思っているんです」
 とすらすら言葉が出てきた。ちょい長めの沈黙のあと、
「わかった、おまえら面白いな。おまえら店で寝てるんだって。そんなんじゃ疲れ取れないから、このビルの2階の部屋が空いてるからそこ使っていいぞ」
とまで言ってくれたのだ、店で寝泊まりしてることなどいろいろ調べられていたのはさすがなとこだが、兎にも角にも、10万という修理代にしては高額な金額がよかったのか、黒い鉄を握った勇気を認められたのかわからないが、前途ある若者の俺たちを認めてくれたようだった。
 事務所を出てから突然寒気が襲ってきたが、なんとか無事セーフ。東京に戻ったあと劇場公開の「南へ走れ海の道を」という作品の中のシーンを見て急に現実味が出てぞっとしたが、この時はそこまでリアリティを感じていなかった。若さって素晴らしい。
 店で心配そうに待っているかと思っていた張本人のオヤジは、女の子に傷を手当てしてもらってニヤニヤしててちょっとむかついたが、まあしょうがない。

 その夏の最大の事件はなんとか幕を下ろしたかに見えたが、その後にお盆というものがやってきてDISCO TEKE-TENはさらにピンチを迎える。先にも書いたが沖縄本島のその方面の人の七割が久米島出身ということでお盆になると大変たくさんの方達が本島から帰省される。島に唯一の DISCOでちょっと世話もしてやってる若い奴らがやってる店ということで、本島の飲み屋のおねーさまたちを引き連れた強面軍団が大挙して店にやってきた。敵対しているわけでもなくかと言って子分になったわけでもない絶妙な距離感で仕切ってきたが、店がその団体さんで埋めつくされるとさずがにすごい雰囲気。あからさまに暴れるとかそういうのはないけど、すでに来てくれていた一般の女の子のお客たちはビビって小さくなっていた。帰ろうにも入り口付近の席をその団体さんでに抑えられているので帰るに帰れない状態。ビーチで予約を取っていた子達にも民宿に電話して今日は来ない方が良いとお断りを入れて、すでに店にいた子たちはトイレの窓から逃がしてなんとかことなきを得た。そもそもおねーさま達同伴できているのでそこまで何かは起こらないだろうとは思ったが、なんかあってからでは遅いからね。そして強面DISCOは夜深くまでもりあがりましたとさ。お金払ってもらったかどうかがいまいち記憶が残っていない。うちのスタッフはみんなおかしいやつらなのか、その方たちと普通に話しながら飲んでいて、頼もしいと思ってしまった。

 そのことがあってさらに良くしてくれるようになった人たちだが、困ったことも、、島へのお客さんは大抵東京や大阪からツアーで来ることが多いので現地の駐在員がアテンドするのだが、飲み会などを企画してそこの上がりを自分たちの小遣いにするというのが当たり前で、うちの店にもお客を連れてきてくれる旅行代理店のスタッフには人数にあわせてキックバックを渡していた。入場料金が2500円なら500円は連れてきた旅行会社にバックする。俺も沖縄駐在中に財布を盗まれ一文無しになったが、ステーキハウスやDISCOやBarと契約して一人500円のキックバックでなんとか凌いだことがある。それはさておき、うちの店を可愛がってくれ始めた強面さんたちが、自分たちで飲み会を企画して、うちの店に客を連れてこない旅行代理店のスタッフを道路に正座させて、
 「お前らはなんでTeke-Tenに客連れてこないんだ!」
と説教を始めたのだ。さすがにそれはやめてくださいとお願いしたが、そもそも島の人と仲良くやっていく系のスタッフと、大阪や東京から来てちょっと島の人をバカにしてる感じのスタッフがいて、後者はいろいろとトラブルを起こしていた。うちの店のことだけでなく、普段から気に食わないとおもっていたスタッフにここぞとばかりに説教を始めたというのが正直なとこだろう。そういったスタッフとの対立は一般の人々ともあった。その説教事件からその大阪の旅行会社のスタッフと我々(すでに俺たちは島の人側)の関係は悪化していった。
 ある日ヤっさんがオープンタイプの確かジムニーかなにかだと思うが車を港に駐車していた。そこに普段から細かく対立していた大阪から来た旅行会社のスタッフが、女の客を侍らせながらその車に寄りかかりわざとその車のシートにタバコの灰を落とした。それを見ていた島の若者がすぐにヤっさんに連絡してそのことを伝えた。すると数分後にパッソルに乗ったヤっさんが猛スピードでやってきて、そのヤっさんの車に寄りかかってタバコを吸うスタッフの脇を通りすぎ、すぐ横の倉庫に入っていった。その時点ではその大阪のスタッフは女性客と談笑しながらヘラヘラしていたが、倉庫からヤっさんがボートの大きな木のオールをもって出てくるとちょっとまずいという顔をしたがもう後の祭り。無言で近づいたヤっさんはいきなりそのスタッフに殴りかかりオールが折れるまでめったうちにした。みんなで止めに入ってなんとか納まったが、翌日にはもうそのスタッフは見なくなった。島の怖いところは、何かトラブルに巻き込まれた時に翌日の船か飛行機の時間までは島からは逃げられないということで、その一晩はどこにも逃げ場がないということだ。たぶん翌日の船で逃げ帰ったのだろうと思うが、そこまで可哀想とも思わなかった。そのスタッフは自分たちはお邪魔している立場で、郷に入らば郷に従えというように、島の人々を尊重してルールを守り、認めてもらって酒を飲み交わし、始めてその場所のことが理解できるということを考えなかったのだろう。トラブルに巻き込まれて旅行が嫌いになっていなければいいなと思う。

 気に入られたことで”お前ら見込みあるから那覇の国際通りで空いてる店あるからやってくれないか?"とお誘いを受けたが、これ受けたらもう東京に帰れないだろうと思って非常に断りにくい状況だったがなんとか丁重にお断りして東京に帰ってきた。
度重なるピンチを乗り越えて島での俺たちの生活は続いていくのだ。ハードな話もあるが、楽しいことや冒険の話もたくさんある。次は島でのあそびの話を書こうと思う。


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