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小説「夏眠」:サマー•ハイバネーション③病院に行ってみたら

昼過ぎになり、会社の後輩である林育美が家に来てくれた。とりあえず家から近い総合病院に行くことになった。林さんには驚かされた。会社では、ちょっとしたミスを重ねて私を悩ませたりフォローすることになったりと頼りない一面があるのに、病院に連れて行く時の彼女はまるで介護のプロフェッショナルだった。
落ち着いていて的確な行動を次々にチャッチャと行っていったのである。

結局、受付のところで私が何科を受診すれば良いのかわからないと言ったら、一般内科に受診して必要があれば他科に回してもらえばいいとのアドバイスを受けた。
緊急性がないのでとにかく待たされた。動けないとはいえ人の助けを借りてヨロヨロと歩くことはできたので、車椅子はちょっと大げさだと思ったが、すぐに足は止まり動けなくなり、結局は情けないことに車椅子を借りて林さんに押してもらった。

内科のドクターの診察を待っている間、研修医の問診を受け、一般的な検査を先にすることになった。血液検査や尿検査などをするために2箇所に行った。待ち時間の間、林さんは私に気を遣っていたのか、気を紛らわせるために毒にも何にもならないような日常の話をしてくれた。その上に「話を聞くのがきつくなったら黙るので、そう言ってくださいね」とまで言ってくれた。本当にできた後輩というか、いや、こういう人をできた人間というのだろうと私は回らぬ頭でぼんやりと考えていた。

「そういえば、私、最近猫カフェに行ってきたんです。猫って本当に癒されますよね。」林さんの話に、私は半分聞いているような聞いていないような状態だったが、それでも彼女の優しさに感謝していた。林さんは元々そういう気遣いのできる人だったのに、自分が気づけていなかったのか?それともこの2年間に会社で揉まれて成長したのか、いずれにしても素晴らしい。

また、不意に泣きたくなってきた。ヤバイ。また朝のようにすでに涙が流れている。
カバンからティッシュかハンカチを出して拭かなくちゃ…。
「大丈夫ですか?」と林さんが心配そうに声をかけてくれたが、私はうまく言葉が出せない。ただただ泣いてしまう。

内科のドクターがやっと現れて、私の症状を一通り聞いた後、「精神科の受診をお勧めします」と言われた。その瞬間、私は心の中でガラガラと崩れ落ちるような音が聞こえた。精神科?そんなところに行かなければならないのか?自分がそこまで追い詰められているのかと思うと、胸が締め付けられ、呼吸が苦しくなった。

「精神科に行くなんて…」私は震える声で言ったが、ドクターは優しく微笑み「何も恥ずかしいことではありませんよ。あなたの状態をしっかり見て診断してもらうために必要なことですから」と言った。
その言葉に、私は少しだけ安心したものの、やはり動揺は隠せなかった。

林さんがそっと私の手を握ってくれた。
その温もりが、少しだけ心を落ち着かせてくれた。




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