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【こんなことなら補助金6,000万円貰わなきゃよかった。】最終話:コンサルタントの意義

<あらすじ>
コロナ禍で突如始まった国による「事業再構築補助金」
ゴルフレッスンプロの竹内勇作は最大6,000万円貰える補助金に採択され、最新鋭のインドアゴルフ場建設に胸を躍らせていた。しかし、この補助金にはいくつもの欠陥があったー。補助金を貰うまでの苦労、経営の難しさ、人間関係のすれ違いによって、抱いた夢は儚く散ってゆく。そんな竹内に対し、事業計画書を作成した中小企業診断士達によるコンサルティングという名の「管理」に竹内の精神は日に日に蝕まれていくことに。「こんなことなら補助金6,000万円貰わなきゃよかった」という竹内に対して、コンサルタントである九条が再建を任されることになったが、果たしてその行方はー。


最終話「コンサルタントの意義」

最終話「コンサルタントの意義」

私は、店舗オープン時以来に、竹内が経営するインドアゴルフ場に来た。

あのときは、矢島のゴルフの腕前が印象的だった。

入り口のドアが開くと、竹内が一人で店内を掃除している姿があった。

「竹内さん、こんにちは。ご無沙汰しております。」

「え、九条さんじゃないですか!!?お久しぶりです。」

竹内は、私の顔を見て、驚いた表情を見せている。

「私、てっきり小宮部長がお見えになるかと思っていました。」

「その小宮から、私に指名がありまして。」

「九条さん…ありがとうございます…本当……。」

竹内は、うつむき加減に声を震わせながらそう言った。

「ここ何ヶ月か、真壁先生と一緒に、小宮部長のところには相談に行かせてもらってたんですけど、お二人から毎回、『客数が足りない、どうするんだ』と言われるばかりで…もう、ずっと、どうすればいいかわからなかったんです。」

「そうでしたか、それは弊社としても、対応に落ち度があったと言わざるを得ません。大変申し訳ありませんでした。」

「いえ、九条さん、謝らないでください。全部私が招いたことなんですよ。できもしない風呂敷を広げて、大金を目の前にして、経営者になった気になってしまっていたんです。」

「…でも、現実は全然違いました。初めて九条さんに会った時のこと、今でも覚えています。『事業を運営するには、たくさんやることがあるんだ』って。そのうえで、『一緒に事業計画を考えましょう』って言ってくれました…あの時は、何を言ってるのか分からなかったんですが、今になって思えばその通りにしておけばよかったなって後悔しています。もう、遅いんですけどね…」

「竹内さん、まだ遅くはありませんよ。確かに、今は一番苦しい時だと思います。でも、できることを私と一緒に考えながら、諦めずにやっていきましょう。」

「九条さん、ありがとうございます。本当に、毎日毎日不安で…ぜひ、よろしくお願いします。」

きっと竹内は、誰にも相談できなかったに違いない。
SOSを出しても、真壁と小宮に憚られ、孤独にもがく日々に耐えてきたのだろう。

世の中の中小企業経営者は、思っている以上に孤独な存在である。

大企業と違い、一人で何役も仕事をこなさなければならない。
売上がなくても、従業員に給与を払わなければいけない。
業況が悪くなればなるほど、銀行も対応がシビアになる。

周りに言えない悩みを抱えながら、直面する経営判断をこなす日々だ。
だから、私は中小企業の経営者を心から尊敬している。

そして、そんな経営者に寄り添い、背中を押すのが経営コンサルタントの役割だと私は考えている。

「竹内さん、改めてシミュレーションゴルフを体験させてもらってもいいですか?」

「はい、ぜひどうぞ。私は横で見ています。」

私は、打席に入るとゴルフクラブを両手でしっかりと握り、
慎重に狙いを定めてスイングした。

打球は目の前にあるスクリーンの右上端あたりに当たり、
ぽとっと落ちた。

ボールが落ちるのとほぼ同時に、スクリーンに私のスイング情報が
映し出されている。

竹内が、後ろから声をかけてきた。

「九条さん、ここの数値を見てください。ボールに対するスイング確度が鋭角過ぎて打球が浮いてしまうんです。」

竹内が指した先には、今まさに私がスイングした映像が映し出されている。

「九条さんは、腰を回転するタイミングが早いみたいですね。回転タイミングが早いと腰が引けてしまって上体が突っ込みやすいんです。この場合は、スイング時に体重を左にスライドさせてから回転する必要があり、イメージ的にはお尻をスライドさせる感じです。」

竹内が私の前に立ち、事細かに肩、腰、お尻の動きを説明してくれた。

「それでは、今のをイメージしながらもう一度打ってみましょう!」

私は竹内に言われた通りにスイングして見せた。

すると打球は真っすぐに飛んでいき、スクリーンの真ん中に当たった
打球は、私の足元へ戻ってきた。

「九条さん、すごいじゃないですか。ちゃんと真っすぐ飛びましたよ。」

「はい、少し教えてもらっただけで、こんなに変わるものなんですね。さすがレッスンプロです。」

「ありがとうございます。九条さんは変な癖が付いていない分、吸収しやすいんだと思います。まだまだ上手くなりますよ。伸びしろはたくさんあります。」

「どうやらそのようですね。私も、矢島と一緒に回れるくらいになりたいなぁ。」

「ぜひ、練習してみくてださい。きっと九条さんならすぐに上達します。ゴルフは何歳になってもできるスポーツですし、今から始めても全然遅くありません。」

「竹内さん、良い顔ですね。」

「あ、はい。つい嬉しくなっちゃって。」

「竹内さんが笑っている顔、初めて見ましたよ。弊社にお越しいただいた時はいつも暗い顔をされてましたから。」

「みなさんがゴルフを楽しんでくれる姿は嬉しいんですよね。私自身、かつてはプロを目指したこともあります。ただ、挫折を味わって、途方にくれていたときに前の会社の社長に拾われて、レッスンプロとして始めたんです。最初は生活のために始めたんですが、受講した皆さんからスコアが縮んだとか言われるようになり、それがとても嬉しくなって。それからだんだんとプロへの指導もするようになって、私自身浮かれてしまったんだと思います。」

「そうだったんですか。」

「そんな時にコロナがやってきて、知人から補助金の話を聞いて、自分でもできるって勘違いして…その後は九条さんの知るとおりですよ。」

「竹内さんは本当にゴルフがお好きなんですね。そして、教えることに長けています。私のスイングを一度見ただけで、あそこまで的確な指導ができる。これは活かさない手はありません。」

「はい…」

「きっと顧客も、スイングデータを見ても、何をどう直せばいいか分からないと思います。竹内さんのレッスンプロという強みを活かした新プランを作ってみましょう。」

「新プランですか。」

「はい、ただ打つだけではなく、今まさに私に指導してくれたような〝レッスンプロ竹内〟が顧客に直接指導に入るプランを作るんです。」

「どうせ私は店舗にいますので、それならすぐに導入できるかもしれません。」

「それに現在のチラシや看板は、設備や24時間セルフという機能面ばかりが強調されています。それを顧客目線になって「上達するための習慣づくり」など発信するキーワードやキービジュアルを変えていくとよいですね。」

「確かに、この地域では弊社しか導入していない設備を揃えたため、設備面ばかりを強調していました。」

「あくまで、利用客にとっての価値や便益に焦点を当て、「サイバーゴルフに来店すると、どんな姿になれるのか?」をチラシやホームページで謳っていくことが大事です。また、継続的な情報発信も大事ですので、SNSの投稿ルールも決めましょう。」

「ありがとうございます。やる気が出てきました。」

「やるべきことはたくさんあります。目標と予算、アクションプランを決めて、いつまでに何をやるのかスケジューリングが必要です。早速、事務所の方で話を進めましょうか。」

「はい!よろしくお願いします。」
 
 

エピローグ

――その後、竹内と、私は行動計画に従って、様々な施策を考え、実行していった。

会員数は、それから3か月間で約50人増やすことができた。

「銀行には当初、返済条件を1年間元本据え置きとしていたので、本来ならばもうすぐ返済が始まるところでした。しかし、担当者に今の状況を説明して、返済条件を変更してもらえそうです。」

「そうですか、ひとまず当面の資金繰りは大丈夫そうでね。」

「はい、ありがとうございます。九条さんのアドバイスどおりに、これまでの試算表、今後の収支予測を持って銀行に言ったら、交渉もとてもスムーズでした。」

「それは良かったです。」

「ただし、最低でもあと3ヶ月で目標の120人、つまりあと40人ほど会員数を増やしてください。と言われてしまいました。」

「そうですか。しかし、あいにくこちらもそのつもりです。先月の会員数増加率、顧客の満足度も良好ですので、このままのペースでいけば十分射程圏内かと思います。ただし、先月からパート従業員も雇用していますので、少し目標を上乗せする必要はあるかもしれませんね。」

「はい、ありがとうございます。やることはたくさんありますが、頑張ります。九条さん、これからもよろしくお願いします。」

こうして、少しずつではあるが、会員数増加による売上の伸びと、
銀行への返済の目途が立つところまで来た。

とは言え、ようやくスタートラインに立ったばかりだ。

これから3,000万円の返済を毎月しなければいけないし、
何よりも利用してくれる顧客にとって良いサービスを提供し続けなければならない。

それでも下を向いて諦めかけていた、あの時の竹内の姿はもうない。

その表情には覚悟と自信、そして、挫折を味わった者が醸し出す優しさが宿っていた。それは、まさに「経営者」の顔である。

補助金は、決して〝貰う〟事が目的になってはいけない。

企業が存続するため、地域が良くなるため、暮らす人が幸せになるため、
それらを考えた先に資金調達をする一つの手段でしかない。

「こんなことなら、補助金なんて貰わなきゃよかった。」

そうなる前に補助金の意義を考えることが、必要なのかもしれない。

そして、それこそが中小企業診断士の役割であると私は考える。

 
作:ようしゅう|中小企業診断士



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