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【反省と精神統一から「我」がなくなる】生き方の原典  1章 人間と霊魂の働き36


[自分はいつも反省して我は無いつもりだがそれでも我が出る。これはどういうわけかと問うひとあり]

我とは幽界の霊魂の働きによるものである。いくら反省しても、人間はその構成上、幽体を持っている、幽体は霊魂の宿だから、ちょっとの隙に付け込んで幽界の霊が働く。だから反省しただけでは難しい。反省の心の総仕上げが精神統一である。
つまりこれで働こうとする幽界の霊を向上浄化させる。しかし統一の前に、自己反省がなければ何もならぬ。                                   自惚れの強い人は、自分には我は無いと考える。しかし自分の目の前を見ればわかる。自分の周囲は、自分の心の現れだから、物事がうまくいかぬ、自分を憎む人がいる。これ全て自分にも同じ心がある証拠である。     素直であれば、周囲も素直となり不幸はない。素直は人間本来の心。人間はこういう心を持たねばならぬように創られていると考えよ。

 自分の心が自分を作る。芸能では、不統制の心があるとすぐそれが芸に現れる。これに気づいた人が大成している。芸能に限らず何事ににおいても、人間はこういう心を持たねばならぬように創られている。


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